「嫌だなぁ…もう限界かな」

斜めに被ったり、やっぱり真っ直ぐにしたり
鏡の前で弄ぶのはオレンジ色の帽子



「拙いなぁ…もう限界かな」

首に回したり、おもむろに外したり
鏡の前で悩む手には青色のネクタイ



見立ては勿論


実行


パシャッ パシャッ

静かなスタジオにシャッターを切る音が立て続けに響く

「敦賀君、もう少しネクタイを目立つように」
「栞ちゃん、もう少し敦賀君から離れて…そう…バッグをもう少し上に…」

カメラマンの威勢のいい声が飛ぶ
その指示を忠実に再現しながら、モデルの2人は向きを変える

その様子を見ていたキョーコは必要以上に女が蓮に擦り寄るのを見て不快になった

何なのかしら、あれはっ!!よっぽど私が演じた方がマシよっ!何よ、ぶりっこしちゃってっ!

キョーコの親友に言わせればそれは『嫉妬』なのだ
しかしキョーコに言わせれば『不真面目な仕事態度が不快』だから怒っているそうだ

「んー、まあいいだろう。じゃあ次は土屋君と京子ちゃんね」

カメラマンの指示に従って、背景の雰囲気が変わる


今日の撮影はアダルトとヤング、それぞれの部門の1位同士での特集
"最近のお気に入り"と題して、4人はそれぞれ自分の私物を1つ着用している

("あの"ネクタイをにしたんだぁ…何か嬉しい///
("あの"帽子を選んでくれたんだ…拙いな、顔が緩む///

相手の選んだ"お気に入り"を見て顔が緩んだが、そこはお互い演技でご飯を食べいている身
「おはようございます」と無難な挨拶をして相手の前を何食わぬ感じで通り過ぎた



静かなスタジオに再びシャッターを切る音が響く

「土屋君、もう少しジャケットの前を目立つように。…もう少し京子ちゃんから離れて」
「京子ちゃん、帽子に手を当てて…、どうした?笑顔が固いぞ。リラックス、リラックス」

カメラマンの威勢のいい声が飛ぶ
その指示を忠実に再現しながら、モデルの2人は向きを変える

その様子を見ていた蓮は必要以上に男がキョーコに擦り寄るのを見て不快になった

何なんだ、アイツはっ!!俺の相方といい、こんなんなら…畜生っ!にやけやがってっ!!

スタッフが渡してくれた珈琲の缶がベキッと音を立てる
その音に隣のマネージャーがチラッと担当俳優の顔を見たとき、体感温度が数度下がったとか


「うー………ん」

全撮影を完了させたカメラマンは腕を組んで悩み始めた
このカメラマンは業界でも拘りが強いタイプに分類され、気に入らなければ全てボツも日常茶飯事だ

「なぁんか、イメージしていたヤツと違うんだよなぁ」

カメラマンの声に、普段一緒に仕事をしている彼のスタッフは「判っていました」と再び動き出した

「相手を変えてみるか…」
「「「「え…?」」」」
「敦賀君と京子ちゃん、土屋君と栞ちゃん。これでやってみよう。あ、敦賀君たちがアダルトね」

その言葉に、蓮の相手役を務めていた女性モデルが批難の声を上げた

あの子がアダルト!?まだ子供じゃないっ!!敦賀さんの相手は私よっ。不釣合いも甚だしい」

指を指されたキョーコは一瞬身を竦めたが、蓮がポンポンと頭を叩いた

「とりあえず演ってみようか。出来上がり次第ではさっきの物を採用。それで良いですよね?

何故か背筋が凍るような蓮の笑顔に、「否」と言える人間はその場に存在しなかった
あっという間に場が整い、ハッと現実に戻ったときには既にキョーコは舞台の中央にいた

「つ…敦賀さん
「大丈夫…イメージして…君は大人の女性だ。待ち合わせに遅れた俺をちょっと怒っている」

蓮の声が身体中に浸透すると、キョーコの雰囲気がガラッと変わった
それに直ぐに気づいたカメラマンは、ニヤッと笑うとカメラを構え、シャッターを切り始めた

京子は見事に"大人の意地っ張り"を表現した
『怒ってないわ』と笑顔を浮かべていても、眼と身体は『怒っているのよ』と言っている

フラッシュが光る中、2人はジッと相手を見ていた
やがて蓮が『降参』と言うように苦笑すると口を開いた

「ねえ、最上さん。俺、限界なんだけど」

蓮の言葉に目を見開くと、やがてキョーコも『降参』と言うように苦笑した

「奇遇ですね、敦賀さん。私も丁度同じ様に思っていました」

「俺、"ここで大事な人は作らない"って言ったけど、それ止めたよ」
「私も"もう恋なんてしない"って言いましたけど、それ止めました」

「一度言ったことを実行しないなんてかっこ悪いけどね…
「そうですねまあ私も一緒ですから」

2人は同時に吹き出すと、まず蓮がキョーコの耳元で囁いた
耳にかかる息に擽ったそうな仕草をしたキョーコの顔が嬉しそうに輝き、小さく「私も」と答えた

その雰囲気に一同息を飲み、創作意欲の激しいカメラマンだけは「OK、OK」と職務を全うしていた

俺のお気に入りなんだ

私のお気に入りなんです

蓮はキョーコの帽子をポンッと叩く

それに応えるようにキョーコは蓮の緩くなったネクタイをキュッと締めた

「だから無闇に触らないで欲しいね

「だからあまり触らないで下さいね」 

そう言うと2人は同時にポカンと彼らを見る相方だった男女にウインクを送る

「よーし、OKッ!!」

カメラマンの嬉々とした声は、ホウッと感嘆の溜息を漏らすスタジオ内の人間の耳には入らなかった



「ねえ、モー子さん。前に言っていた私に似合う四字熟語…変えて欲しいな」

本日発売の雑誌の特集記事を見ながら、キョーコは隣を歩く親友の奏江に言った



「ねえ、社さん。前に言っていた俺に似合う四字熟語…訂正させてください」

同じ頃、キョーコと同じ雑誌を見ながら、蓮は隣を歩くマネージャーの社に言った


「何に変えるの?」

「何に変えるんだ?」


「「有言不実行」」

そう言うと、キョーコは、蓮は、"お気に入り"の記事を閉じてニッコリ笑った


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