〔スージー…どうして君が日本に?〕
〔あら、ご挨拶ねぇ…結婚間近だっていう幼馴染に御祝を言いに来たのに〕
〔…結婚?誰が?〕
〔あらぁ?おじ様たちがそう仰っていたんだけど、変ねぇ

白々しく頬に手をやるスージーに俺は文句の1つも言おうと口を開いた

が…

〔あらぁ?そちらは?紹介していただけないかしら?

青筋を浮かべながら笑顔で話すスージーが怖くて、俺は何も言えなかった


Eyes #06


「そろそろかしら…」
「何が?」

空港に向うタクシーの中でモー子さんが呟いた
1人で大丈夫と言ったけど、「彼も仕事だから」と言ってモー子さんは付いてきてくれた
モー子さんの優しさに胸が温かくなる
感謝を込めてモー子さんを見ると…笑っていた

さ…寒い

モー子さんの笑顔を見た瞬間、タクシー内の温度が10度は下がった気がした

「モ…モー子さん?か…顔が怖いよ?」

恐る恐ると指摘すると、モー子さんはハッとして顔をシュッと戻した
そして普段と同じ綺麗な顔でニコッと笑った

「キョーコが気にすること無いわ」

モー子さんの笑顔が"何も聞いてくれるな"と声高に叫んでいたので私は追及を止めた
正直なところ、かなり気になっていたけど…



〔あら、ありがとう〕

スージーは目の前に茶器を置いてくれたSPに優雅に礼を言った
香りたつ紅茶(勿論持参)を1口飲むと、ふうっとこれまた優雅に息を吐いた

〔で、そろそろ来日の本当の目的を言ってくれよ〕
〔だから、レンの恋人に逢いに来たんじゃない。ね、Kyokoさん?〕

スージーに笑顔を向けられたが、何を言っているか理解できていない恭子は俺を見た

「君を見に来たんだって」
「な…何で、ス…スザンヌ=レヴィーが…?」
「…俺の幼馴染なんだ、不本意ながら…〔何か言った?〕」

日本語が出来ない筈なのに、女のカンだろうか、凄まじい目を俺に向けた

〔いいえ…マダム〕

スージーは俺が謝ったことに満足したのか、チラリと時計を見た

22時

彼女は一時間以上のらりくらりと話をはぐらかしている状態だ


〔そろそろ…良いかしら…〕

そう言うとスージーは手元のバッグに手を入れ、ベルベットの小箱を2つ取り出した

〔これは…?〕
〔アルから預かったの…貴方に渡してくれって〕
〔アル?〕
〔アルマンディ…あなたがモデルを勤めているブランドのデザイナーじゃない〕
〔ああ〕
〔痴呆?顔だけじゃなく頭も老け込んでいるのかしらぁ?

スージーの辛らつな言葉に俺の言葉が詰まる
おかしい
いつも、といっても昔だが、昔のスージーならこんな物言いはしなかった
どうやら相当怒っているらしい

〔開けてみたら宜しいんじゃなくて?ねえ、Kyokoさん?〕
「れ…蓮?」
「開けてみろって…開けてみたら?」
「う、うん…」

頷いて恭子が蓋を開けて……固まった
「恭子?」と呼びかけても反応が無いので、俺は彼女の手元を覗き込んだ

「…婚約指輪…だよな。ダイヤモンドが嵌っているし」

独り言だったのだが、スージーが律儀に応対した

〔エンゲージリングよ。石はピンクダイヤ。アルが注文通りに作ったって言っていたわ〕
〔注文?そんなのしていないぞ〕
〔あら、昨年末に確かに注文を受けたって言っていたわ。呆けたんじゃない?〕
〔あ…あ〜〜〜〜、昨年なら記憶が怪しい。父さん達に聞いただろ、事故のこと〕
〔ええ。"あの馬鹿息子"って、ず〜〜〜っと大騒ぎしていたもの〕
〔馬鹿息子?〕
〔ええ。宝田社長にこれを送ってもらってね〕

そう言ってパチンッと指を弾くと、3人いるSPのうち1人がスーツケースを前に出した
スージーが礼を言って開けると、中から何十冊もの雑誌を出して並べた

〔これは…?〕
〔あなたと彼女、Kyokoの載っている写真よ。"約束"が無ければ俺が行くのにって騒いでいたわ〕
〔あ…あ〜、父さんには"未だ公表したくないから日本に来るな"って言ったんだっけ〕
〔目に入れても痛くないほど溺愛している息子との約束だもの、おじ様たちは律儀に守ったわ〕

そう言うとスージーは恭子をジッと見た

〔こんなことになってもね…〕
〔こんなこと?〕

スージーは恭子から俺に視線を移すと、にっこりと笑った

〔みんな色々な約束に縛られているのよ。ま、私は自由だからこうしてここに居るんだけどね〕

そう言ってウインクした彼女は何処か悲しげだった
〔さて…〕と言うと、スージーは俺と恭子に言った

〔指輪を嵌めてみたら?〕
〔あ…ああ〕

俺は指輪をケースから取り出すと、恭子の左手を取った
そして彼女の薬指に通そうとした
が…

「入らない…?」

俺と恭子は呆然と薬指の第二関節手前で止まった指輪を眺めた
「な…何で?」と恭子は指輪を外すと指輪を観察した

〔…間違えたのか?〕
〔さあ…アルも仕事柄間違えることは無いと思うわよ〕
〔そうだよなぁ〕

慌てる恭子と平然と紅茶を飲むスージーの姿は対照的だった
妙な沈黙がその場を支配したが、それを破ったのは恭子の安堵した声だった

「これ、間違っているわよ。他の人の物みたい」
「え…?」
「だってサイズが合わないし、メッセージが違うもの」

「ほら」と恭子が俺に指輪を渡した
光に翳して内側の文字を読む

…?

「恭子?どこが間違っているんだ?合っているじゃないか」
「え…?」

恭子の驚いた声に被さるように、スージーが大きな声で笑った

〔スージー?〕
〔ゲーム・オーバーよ。ね、フカミキョウコさん?〕
〔ゲーム…オーバー……?〕

俺は唖然として2人を女性を見るしか出来なかった
スージーは軽蔑するような目で恭子を見ると、俺を見た

〔"To K From K"〕
〔あ…ああ、メッセージはそうなっている〕
〔間違っていないわよね〕
〔ああ、俺の本名はクオンだからな、Kだ〕
〔貴方の恋人は貴方の本名を知らなかったようね〕
〔そんな筈はっ、俺は確かに…〕

"凄い、あなたは妖精ね?"

そう言って嬉しそうな顔で笑ったのは10年前に会った女の子

"コーンッ!!"

額に傷を作りながら凄い勢いで階段を降りてきたのは茶色い髪の女の子
俺の手の中には…10年前に思い出の女の子に渡した石

"コーン?蓮がコーン!?…逢いたかったぁ"

俺の胸に飛び込んできたのは長い黒髪の女の子…いや、女性
埋めた顔を上げると、そこには…

ガタンッ

立ち上がると、ポケットの中からメモを取り出す

「"さよなら"?どうして…?」

"どうして?"
そんなことは俺が一番知っているじゃないか

〔スージーッ!〕
〔…久しぶりにそんな目をした貴方を見たわ。思い出したのね?〕
〔ああ。彼女に逢いに行って来る。ここは任せて良いか?〕
〔もちろん、そのつもりよ。幸運を〕

俺は〔ありがとう〕と言って彼女の頬にキスを送ると、玄関に走った
「敦賀さん!?」と後ろで騒ぐ恭子の声が聴こえたが俺は足を止めなかった
玄関横のフックから車のキーを取り出すと部屋を飛び出した
ここの事はスージーに任せよう

エレベーターの中でメモを見直す
どんな気持ちでこれを書いたんだろう
そっと文字をなぞると、紙が微かに隆起していた

涙…か…

"どうして私を忘れちゃったの?"

ごめん…本当にごめんっ!

頭に浮かぶ彼女の泣き顔
多分俺の想像じゃない…ソファを濡らしたのは彼女の涙
あの声、あの顔はさっきの現実

チンッと軽い音が鳴ってエレベーターが地下駐車場に着いた
車に乗り込みエンジンを駆けると、猛スピードでマンションを飛び出した

"約束ですよ?"
"ああ、約束する"

俺の言葉に彼女は嬉しそうに笑った

"来年のクリスマスに"
"君の20歳の誕生日に"

そう…俺は約束したんだ

"家族になろう、キョーコ"

もう二度と君を一人にしないってっ!


俺は一心不乱に車を走らせた


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