俺は家に帰るとスージーに渡されたDVDをセットした

ソファに腰を落ち着けて再生するとよく知った顔が画面に出てきた

「ルイス監督…?」

監督は人好きのする笑顔で話し始めた

〔久しぶりだね、クオン君。元気にしているかな?〕

ルイス監督夫人と母は仲良く、家族ぐるみの付き合いをしている

〔いま私とクラリスはとても浮かれている。娘が出来たんだ〕

娘…?
それに子供って?
確かクラリスおばさんは子宮摘出手術を受けたって…

〔"モガミ・キョーコ"〕

ピクッと耳が反応した
画面の中の監督はドンッとキョーコの写真を取り出して見せた

〔君と同じLME所属の女優さんだが…知っているかな?〕

知っているも何も…

〔ヒョンなところから、彼女と彼女のお母上が不仲であることを知ってな〕

〔それでクラリスと相談して養女にしたいと思ったのだよ〕

〔クラリスも彼女が大好きだったからな〕

〔それで映画の撮影終了日にキョーコに言ったんだ、娘にならないかって〕

何だって!?
俺、そんなこと知らないぞ?

ん…?
確かクランクアップしたのは、俺がキョーコに…

〔そのときはキョーコに断られてね〕

〔勿論理由を聞いたさ。そしたら嬉しそうな顔で"私にも家族が出来るんです"ときた〕

〔あんな嬉しそうな顔をしているあの子にはそれ以上何も言えなかったよ〕

成る程…
監督のオファーよりも俺のプロポーズの方が早かったのか

〔まあ、彼女の"家族"が誰なのかは聞かなくても解るだろう、クオン君?〕

ええ、そりゃ"本人"ですから

〔しかし若い者には色々あってね、とにかくキョーコはフリーになったんだよ〕

フリーか…
そうだな、俺がフリーにした

〔それで今回はキョーコからオファーがあったんだ、まだあの申し出は生きているかと〕

キョーコから?

〔淋しかったんだろうね…私も妻からせっつかれていたから丁度良かったんだが〕

〔クラリスもなぁ…キョーコの相手の男のことを相当怒っていてね。宥めるのに苦労したよ〕

あのクラリスおばさんが?
"温和な人ほど怒ると怖い"を地でいく『あの』おばさんが?

拙い…

〔まあクラリスが獅子奮迅の勢いでキョーコに近づく男を全力で打ち払うだろう〕

え…?

〔だから安心していなさい〕

ルイスおじさん…

〔キョーコは私たちが大切に"預かる"から、必ず君が"受け取り"においで〕

〔クラリスも君以外の男を"息子"にするつもりは無いらしい〕


Eyes #09


画面が切り替わり、そのクラリスおばさんが映った

〔久ぶりね、クオン君。あなたの活躍はご両親と、そして何よりキョーコから聞いていたわ〕

おばさんが優しく微笑む

〔キョーコも案外惚気るタイプね。"蓮が"、"蓮が"って米国滞在中よく言っていたわ〕

初めて知った事実に俺の顔が熱くなる

〔最初はキョーコを裏切った、あなたに非は無くてもね、裏切ったクオン君を赦せなかったわ〕

おばさん…

〔でもね…私の大好きなキョーコの笑顔は…あなたのことを話しているときの笑顔なの〕

〔だから、自分を赦せてキョーコを迎えに来る自信がついたらいらっしゃい〕

〔ルイスと一緒に待っているわ〕

そう言うとおばさんはウインクした

〔キョーコに悪い虫がつかないように一生懸命頑張るから、焦っちゃダメよ〕

〔いい仕事をしなさい〕

そう言ってクラリスおばさんはにっこり笑った


「オマケ…?」

クラリスおばさんの映像で終了かと思ったら、まだ何かあるらしい
随分と長い『オマケ』と書かれた画面を見ていると、突然パッと切り替わった

「と…父さん!?母さん!?」

〔〔クオン〜〜〜〕〕と画面の中で手を振る2人は俺の両親だった

「何をやっているんだ、あの人たちは…」

あまりに能天気な雰囲気の両親に俺は頭を抱えたくなった

〔これを見ているってことはキョーコのことを思い出したんだな〕
〔スージーには思い出したら渡してって言付けたからきっとそうよ〕

良かった良かったと画面の中の両親は笑う
その笑顔を見て、俺はこの2人にも心配をかけて申し訳ない気持ちになった

〔お前との約束が無ければ、俺とジュリが飛んで行ったんだけど〕
〔本当に歯がゆかったわ〕

〔しかしキョーコがルイスの申し出を受けてくれてよかった〕
〔そーよ。お陰で"キョーコは私の娘"計画がおじゃんにならなかったんですもの〕

『キョーコは私の娘』計画

〔クオンよ、キョーコの事は私たち4人に任せたまえ〕
〔そうよ。だから焦らずにゆっくり米国にいらっしゃい〕

〔おい、ジュリ。そんなに何年も掛かったらキョーコの奴に他に好きな男が出来るかもしれんぞ〕

キョーコに他に好きな男…?

〔あら、キョーコは一途な子よ〕
〔解っているが、何があるのか分からんからな…人生は〕

確かに…
迎えに行ったが既にキョーコは俺を愛していなかった…なんて洒落にならん

いや…
今ですら俺のことを愛してくれている可能性が低いんだ


気づいたときテレビは何も映していなかった

「終わったのか…何か…どっと疲れた」

昨夜の徹夜の疲れが一気に湧き出てきた
俺の意識はそこで途絶えた



翌朝俺は宝田邸に向った
メイドさんに案内されて玄関を潜る

「マリアちゃん…」

いつもなら「蓮様〜」と言って飛びついてくる少女が階段の上から俺を睨んでいた

「お爺様ならお留守よ」
「社長じゃなくて君に逢いに来たんだ」
「私…?」



「で、お話というのは?」

俺たちは日当たりの良い温室でお茶を飲んでいた
ここはキョーコのお気に入りの場所で、よくマリアちゃんと二人でここに来たらしい

「これを君に預かっていて欲しいんだ」

そう言って俺が彼女に渡したのはベルベットの小箱だった
「開けても?」と言ったので俺は頷いて「どうぞ」と答えた

「…うっわぁ…キレイ…」

目を輝かせたマリアちゃんが顔を上げて笑った

「ピンクダイヤね…お姉さまが大好きな」
「ああ。まぁ高価だったから彼女は口が裂けても欲しいなんて言わなかったけどね」
「ふふふ、お姉様らしい」

そう言って笑うマリアちゃんに俺は違和感を覚えた

「マリアちゃん…怒ってないの?」
「怒ってますよ…いいえ、『ました』。でももう良いんです」
「…なんで?」
「お姉さまに言われたから。"私の所為で嫌いな人を作っちゃダメよ"って」
「そっか…」
「だから蓮さまを赦してあげます。だって私のお姉様が大好きな蓮様だもの」

彼女の笑顔と"お姉様が大好きな蓮様"という言葉が胸に染みた

「ところで、何故これを私に?お姉様に差し上げるのでは?」
「もちろんそのつもりだよ?」
「じゃあ…」
「俺はこれを君に預けておきたいんだ」
「預ける?」
「ああ。それで君に俺を判断して欲しい。仕事でもプライベートでも」
「判断?」
「ああ。俺が"大好きなお姉様"に相応しい男かどうかを」

俺の言葉にマリアちゃんが目を見開いた

「わ…私が?」
「ああ。君が相応しくないと思う間は絶対に逢いに行かない」
「で…でも…」
「"けじめ"を付けたいんだ。協力して欲しい」

そう言って俺は頭を下げた

「解りました。蓮さまが米国に行くその日まで大切に預からせていただきます」
「ありがとう」



「敦賀君」
「コウキさん…」

帰ろうとする俺をマリアちゃんのお父さんであるコウキさんが呼び止めた

「ありがとう…マリアに楽しみを与えてくれて」
「コウキさん…」
「知っていたんだろう?キョーコさんが居なくなって一番淋しがるのは誰か」

「そして"帰ってきて欲しい"と絶対に言えないのは誰か」

"帰ってきて欲しい"ということで母親をなくしたマリアちゃん
以来、海外で働く父親にも"帰ってきて欲しい"と言えずに1人淋しい思いをしていた
そのトラウマを打ち破ったのはキョーコだったが、完全ではなかった

「あの子は未だに"帰ってきて欲しい"とは言わないんだ」
「キョーコから聞きました。何とか"会いたい"と言えるようにはなったと」
「ああ。でも皮肉なことに、あの子は大人の世界を知っているから」

コウキさんが辛そうに眉を潜めた

「忙しい私に迷惑をかけまいと、"会いたい"すら余り言わないんだよ」

そう言うと彼は儚げに微笑んだ
それは何処か自分の不甲斐なさを自嘲しているような笑みだった

「今までは良かったんだ。そんなマリアの傍にキョーコさんが居てくれたから」
「すみません…」
「いや、君を責めている訳ではない。それに傍に居れない私が一番いけないんだから」

そう言ってコウキさんは苦笑した

「コウキさんは日本で落ち着く予定は無いんですか?」
「…これはマリアには内緒にして欲しいんだが…私は落ち着きたくないんだよ」
「え…?」
「仕事で忙しくしていればいいんだ」
「あ…」
「時間が出来るとつい考えてしまう…居なくなった彼女のことを…」

そう言ったコウキさんの辛そうな顔に俺は息を飲んだ
そうだった…
マリアちゃんの母親であり彼の妻である最愛の人を彼は永遠に失った

「マリアには言えない…あの子も頑張って乗り越えようとしてくれている」

「でも…」と彼は小さく呟いた

「今でも思うんだ…遠く離れていてもいい、生きてさえいればって」

「同じ空の下で生きている…それだけで満足だって」

コウキさんはポンッと俺の肩を叩いた

「君もキョーコさんも生きている、君はキョーコさんと同じ空の下にいる」

「だから頑張りなさい」

そう言って微笑んだコウキさんの目はとても澄んでいて綺麗だった

「頑張ります。…新しい目標が出来ましたから」
「そうか…。ちなみに、内容を教えてもらえるかな?」
「"キョーコ"」
「え…?」
「俺の目標はキョーコ。絶対に捕まえて見せます」

俺はもっと大きくなって彼女を貰いに行く

"敦賀さんは私の目標なんです"

以前君が俺に言ってくれた台詞をそっくりそのまま君に送ろう

今度は俺が追うから、捕まえたらもう絶対に離さない


inserted by FC2 system