明日に大晦日を控えた夕方、俺の携帯が鳴った
液晶を見ると"恭子"の文字

「はい」
「あ、蓮?あのお願いがあるんだけど会見を開いて欲しいの」
「会見?」
「うん…その…私も良い年だし…だからそろそろ…」
「ああ、もしかして婚約会見?」
「うん、そうなの。あ、会場は社長が押えてあるから…」
「へえ…で、いつ?」
「明日なんだけど…」
「解った。場所を教えて、明日行くから」

それだけ言うと、俺は携帯を切った

「蓮…お前何を考えているんだ?」

隣にいた社さんが胡散臭げな目で俺を見ていた

「嫌だなぁ…明日婚約会見を開くって言うからそこに行くって言っただけです」
「こ…婚約会見!?」
「ええ…そうとう経営が厳しいんですねぇ、アカトキは」

クスクス笑う俺の耳に「悪魔だ」という声が聴こえてきたが一切無視した


Eyes #10


〔クーパパ、こっちに来てお節料理の味見をして〜〕
〔何だ、キョーコ。もうお節を作っているのか?大晦日は明日だぞ?〕
〔だって100人分は作らないと足りないじゃない〕

そう言うと、パパは〔そうだったな〕と手を打った
本当にあの食の細い蓮に同じ血が流れているとは思えない

〔あら、エプロン着けて…料理中なの?〕
〔ジュリママ。いまお節を作っているの…あ、味見する?〕
〔あら、それなら手伝うわよ。1人で大変でしょ?〕
〔本当?ならお願……もがっ!〕

"お願い"という前に私の口はクラリスママにふさがれた

〔モガモガモガ(クラリスママ)?モガモガッ!〕
〔ジュリはこれから仕事でしょ?ルイスが探していたわ。手伝いなら私がするわ〕
〔あ、忘れてた。いっけないっ!!ごめんなさいね、キョーコ。またね〕

慌ててジュリママが去っていくと、クラリスママが手をやっと離した

〔あー苦しかった。どうしたの、ママ?〕
〔何でもないわ。…家族を守るのは母の役目なのよ〕

…?



「蓮、こっちよ、こっち」

都内の高級ホテルに着くと、正面玄関で恭子が手を振っていた
「ここの飛天の間よ」という台詞に、(最後の見栄か?)と意地の悪いことを考えた

会場に入ると既に壇上にアカトキの社長が来ていた
俺を見つけたカメラマンがシャッターを切ると、光の洪水が俺を襲った

「それでは会見を始めさせていただきます」

司会が話す
アカトキの社長に了承を取っているところを見ると、あっちの社員か

『大変申し訳ありませんが、今回の会見の意図から教えていただけないでしょうか』

記者の1人が手を上げて発言する
それを聞いてアカトキ社長と恭子が笑ったことから考えると、記者たちには内容を言っていないのだろう
浅はかな奴らだ…
吃驚させて一面トップを狙おうだなんて…まあ、俺の予想通りだけどな

「それは…」とアカトキ社員が口を開こうとしたとき、俺がそれを遮って口を開いた

「俺も知りたいんだけど…」

壇上の2人の顔が劇的に変わった
勝利を確信していた悦に入った顔から、唖然とした顔に

「これ…何の為の会見?」

会場がシンッと静まった後、怒涛のような騒ぎが起こった

祭りはこれからだ



〔そうだ、今日ボスがお前の海外移籍の発表をするって言っていたぞ〕
〔大晦日に?記者の人たちも大変ね〕
〔まあ彼らも仕事だからな。まあルイスの養女になったことは発表しないらしい〕
〔そっか…うん、それの方が良い。色眼鏡で見られたくないもん〕

そう言って笑った私の頭をクーパパがグリグリ撫ぜた
パパとじゃれあっている所に支度の終わったママたちが来た

〔お待たせ、キョーコ。年越しの買い物に行きましょー〕
〔うわぁ、ママたち綺麗っ!行こう、行こう〕

私はクラリスママとジュリママの手を持って玄関に急いだ

〔ちょ…ちょっとキョーコ、危ないわよ。そんなに急がなくても大丈夫〕
〔だって、こんな自慢のママたちを早く見せびらかしたいんだもん〕

その後わたしはママたちに玄関でハグされ、結局出かけたのは30分後だった



「以上が、昨日の記者会見の冒頭でした。いやー、驚きましたね」

綺麗な振袖を着たアナウンサーが綺麗にセットした頭を振りながら言った
隣にいる解説の男性が笑いながら言っていた

「うちのレポーターもその場に居たんだけど、この後もなかなか楽しかったらしい」
「そうなんですか?それでは、続きをどうぞ」

それを合図に、画面は昨日の会見を映す


『これ…何の為の会見?』

画面の中で『俺』は戸惑った笑みを浮かべて(演技100%)口を開いた

『え…っと、状況がよく読めないのですが。今日のこの騒ぎは一体何ですか?』
『あの…今日は、敦賀さんと恭子さんの事で重大発表があると』

賞賛に値する根性をもった女性の記者が応える
よくこんな静かな会場で発言出来たものだ
このときも感心したが、改めてテレビで見てそう思う

『重大発表?…知らなかったなぁ』

『俺』が"想定外"という顔をして(演技100%)記者を見返している
彼女が黙り込んだとき、実にタイミングよく会場に1人の男性が飛び込んできた

おい!!隣のホテルでLMEの宝田社長が京子の海外移籍について会見するぞ』
え!?

会場がザワザワと一斉に騒がしくなった…皆が悩んでいる
日本トップクラスの俳優の会見か、同じく日本トップクラスの女優の会見か

社長、ありがとうございます
実に上手いタイミングです

俺はあの時を思い出しながら、クスッと笑った

盗聴していたようなタイミングで飛び込んできた男は京子のファン倶楽部に所属している某雑誌記者だ
俺のいたホテルよりも格段に上級のホテル(しかも隣)で会見をしたのは"当てつけ"
そのホテルのオーナーも京子のファンだったので、社長流の派手な復讐劇の準備は簡単に出来た

改めて、"京子"って凄いと思う

『あ、隣のホテルだったんですね。会場を間違えました』
『え!?』
『俺は宝田社長に呼ばれたんですよ…全く、ちゃんとホテル名を言わないから』

やれやれという『俺』の声に、会場中の驚愕の目が向けられた
『俺』は申し訳なさそうな顔で(演技100%)会場を見渡すと、頭を下げた。

『間違いが判ったので、俺はこれで失礼します』
ちょっと、蓮!!

ずっと呆然としていた恭子が、席を立とうとした『俺』にハッとして叫んだ

『蓮、何を言っているの!?それに昨日言ったじゃない?』
『何が?ああ、そうか、そういうことか』

納得したような『俺』に恭子は明らかにホッとしていた

『そうだよね、ちゃんと言わなきゃね』
『そうよ、言わないと』
『あれだけ大きく交際宣言したんだもんな。別れたこともしっかり言わなきゃ』

そう言うと俺はにっこり笑った

ああ…
これがキョーコがよく言っていた"似非紳士スマイル"か

確かに"嘘臭い"

フラッシュの洪水が俺たちに襲い掛かる
さっきまでどっちに行くか悩んでいた記者達は残ることに決めたらしい
そうじゃなきゃ行った意味が無かったんだけどね…
派手な演出を考えた社長には申し訳ないが、俺にも俺の始末の付け方があった


「驚きの記者会見でしたね」
「はい。あんなに温和と評判な敦賀さんがキッパリ言うとは。いやぁ、格好よかったですねぇ」
「本当に。それでは今回の報道について、何人かにコメントをいただけました」

温和で紳士なイメージって、役に立つんだなぁ
そんな事を思っているとパッと画面が変わり、某局のメイクさんが出てきた
顔は見せていないが、『あの』会合に集まっていた女性だと判る

『Aさんは深見さんと敦賀さんの関係をどう思っていましたか?』
『そうですね。深見さんが一方的に依存しているように感じました』
『依存と言いますと?』
『彼女って敦賀蓮の彼女だからチヤホヤされていたけど、仕事に対して凄くいい加減なの』
『いい加減というと…例えば?』

彼女はバンッと目の前の机を叩くと力説した

『時間に遅れる、肌の手入れもなっていない、肌の手入れは芸能人の基本よ!』
『な…なるほど』

メイクさんの仕事根性にタジタジになりながら言葉を続ける
インタビュアーの恐怖を感じたのか、彼女はコホンッと咳をすると落ち着いた声で言った

『と…とにかく、同じ"きょうこ"でも"あの"京子とはえらい違いだわ』
『"あの"京子って人魚のCMの京子ですか?』
『そうよ。彼女は絶対時間を守るし、メイクみたいなうちらにまできっちり気を使う良い子よ』
『へえ…』
『それに肌の手入れはしっかりしているし・・・本当に綺麗な肌しているんだから』


画面はスタジオに戻った

「京子さんですか…先月XXさんの番組に出ていたのを見ましたけど、綺麗な子でしたね」
「はい、あのCMの京子さんはとても綺麗でね。妻も娘も大ファンなんですよ」
「じゃあ、評判のCMをご覧下さい」

また例のCMが流れ出す
何度見ても慣れない
キョーコの切ない目が、あのキャッチコピーが心の傷の瘡蓋を剥がす


「おっと、話がそれましたね。それでは2人目のインタビューです」と画面が変わる

黒崎監督か…

『俺にインタビューって聞いたんだけど?』
『は…はいぃぃ!深見さんのことでお聞きしたいことが…CMを撮られたと』
『深見恭子ぉ?ああ、あの大根役者さんかぁ〜』

全てを知っているくせに初めて聞いたような驚きっぷり
監督…あなたの方が役者です

『仕事の態度も最低、演技も最低、台詞なんてあった日には俺は気絶するね』
『は…はあ』
『あのメーカーさんも頭が固てぇんだよ。敦賀君としか契約していないはいいけどよ」
『ああ、あそこのメーカーさんはそうなんですか』
『ああ。それで"恋人"ってコンセプトの商品だすんだもんなぁ…』
『あの時期じゃ深見さんと共演させるしかないですもんねぇ…』
『お、判ってるね。とにかく、あんな女とは別れて正解!敦賀君も見る目があるじゃん』
『は…はあ』
仕事には遅れる!台本は読んじゃいない!!ダメ出しに拗ねる、泣く、極めつけは逆切れ!!
『さ…最悪ですね』
『だろ?俺の苦労判ってくれる?俺のCMはア〜トなのに…』
『あ…あ〜と…』
『そ。とにかく彼女との関係は敦賀君にマイナスこそあれ、プラスは一切ないね』

場の雰囲気が怖くなったのか、インタビュアーは「そうだ」と話を変えた

『は…話は変わりますがCM大賞おめでとうございます。この場で御祝させていただきます』
『お、ありがとう…何か悪いな、宣伝してもらっているようで』
『いえいえ。本当にあの作品は綺麗ですよね、映像も京子さんも』
『ああ。あれはア〜トだった…京子ならではの見事な演技だったなぁ。生涯最高の作品かもしれねぇ』
『"京子ならでは"?』
『京子の役作りは完璧だ。長い時間掛けて色々な方面から役を見て作ったのが判る』
『彼女はどんな役をやっても雰囲気から変わりますものね』
『…今まで京子は"京子らしい"演技って言われたことないだろう?』
『あ、確かに』
『あの子には『らしい』演技というのが無いんだよ。あの子は何にだって真剣に化ける』
『真剣にですか?』
『ああ、彼女は一流の役者だ。根性という言葉は京子の為にあるような言葉だ』


画面はまたスタジオに戻った

「また京子さんが出ましたね」
「そうですね。最後に敦賀さんについてですが、一時期記憶障害という噂が流れたのを知っていますか?」
「ええ、勿論。LME側はノーコメントと言っていましたが、関係者の間では有名でしたね」
「その噂についてなんですが、今回敦賀さんの主治医が始めてインタビューに答えて下さいました」

パッと画面が変わり、俺の元担当医である老先生が出てきた

芸能人にプライバシーの権利というのは無いのか!?

「今回はLMEの社長の許可を得まして、敦賀さんを元担当していた先生にインタビューします」

社長…犯人はあなたですか
まったく、勝手に許可しないで下さいよ

『ずばり聞きます。敦賀さんは“記憶喪失”だったのですか?』
『喪失、というより一時的な記憶の混乱ですね。話を聞くと記憶の破片はあったそうです』
『破片と言いますと?』
『断片的な思い出や、ぼんやりとしたイメージですね。…歯がゆかったと思いますよ』

そう言うと老先生はうんうんと頷いた

『あの、差し出がましい話なんですが。途中で担当医が変わったのは何故でしょうか』
『ああ、病院側の圧力です。年だから担当医を変われと言われましてね』
『あら、かなりお元気そうですけど』
『本当に失礼だろ?まぁ病院経営者がこぞって変わったから、わしは現在こうして此処にいるんだがな』

老先生は二カッと笑うと、画面に向ってピースした
多分"あの"会合に出ていた、多分スポンサーエリアの誰かが手を出したんだろう
病院の経営者ごと変えるとは…京子の為に凄い

『これは…わしが言うことではないんだが、ある女性の為に言っておきたい』
『何をでしょうか?』
『敦賀君は騙されたんだよ。彼はあのとき別の女性と付き合っていたんだ』
『え…?ど…どなたですか?先生は何故…』
『誰かは言えん、彼女に迷惑が掛かる。ただその子は彼が目覚めない3日3晩出来るだけ傍にいたんだ』

『心から心配していたよ。あんな深見とか言う女の表面的な態度ではなく、心からな』
『騙された…』
『ああ、周りの人間に深見君と恋人同士だと言われてな。断片的な記憶も矛盾しなかったんだろう』

『運命の悪戯だな。わしは彼女に何もしてやれなかった…本当に申し訳なかった』

インタビューはまだ続いていたが、もう俺の耳には入ってこなかった。
俺はこの医師に会いに行くことに決め、電話に手を伸ばした



「敦賀ですが…心療科の先生とお約束を」
「今日は休診日…で……す……よ………」

呼び止めた看護婦は凄い勢いで振り向いたが、口を開いて固まった

「あ…の…?」

戸惑う俺の背後から、クスクスと笑う声が聴こえた
その声に背後を見ると、老先生が後ろで笑いながら手招きしていた

「敦賀君、こっちじゃよ。早く入りなさい」



「敦賀君の来院はうちの病院にとっては一大イベントじゃな」

老先生は俺が椅子に座っても笑っていた

「で、今日はどうした。新年早々怪我でもしたか」
「あ、すみません。今日はお休みだったんですか?」
「医師に休みなんてあっても無いようなもんだ…テレビのことかな?」

俺は黙って頷いた

「いやはや…君の意見も聞かずに申し訳なかった…でもわしは言いたかったんだ」
「はい…」
「本当なら医師は患者を第一優先するもんなんだが…あの女優が許せなくってね」

「一時は君も恨んだよ。ろくに眠らず君の傍に付いていた女の子を知っていたから」
「キョーコですね?」

老先生の目が驚きで見開かれた

「君は…思い出していたのか…いつ…」
「クリスマスの夜に」
「そうか…あの子は渡米の件で挨拶に来てくれたよ。手作りのお菓子をもってな」
「そうだったんですか」
「今までの礼をこんな…君の記憶を取り戻すこともできなかった藪医者に言ってくれてな」

老先生は悲しそうな目をした

「あの子はそのときわしにお願いをしたんだ」
「願い?」
「ああ。君に記憶を取り戻させるのは止めてくださいってな」
「!!…ああ、それで主治医になっても記憶を取り戻す治療はしなかったんですね」
「ああ。あの子は泣きそうな目をしていたよ。それで君の意見を聞かずに了承した。申し訳なかった」
「いえ…」

俺に記憶を取り戻して欲しくなかったキョーコ
何故…?

「何故キョーコは俺に記憶を取り戻して欲しくなかったんでしょうか…」
「最初は思い出して欲しがっていた、と思うよ」
「最初は?」
「わしが担当から外され、君の周りには深見君がいて…諦めもあったんだろう」

ズキンッと俺の心臓が痛む

「それに…君を傷つけたくなかったんだろう」
「俺を?」
「ああ。いま君はキョーコ君の事を思い出して、後悔や自責の念に駆られていないか?」
「それは、もちろん…」

「キョーコ君は君にそんな思いをさせたくなかったんだよ」

あ…

「何を思ってわしのところに来たか、詳しくは聞かないがもう自分を責めるのは辞めなさい」
「しかし…」
「君が自分を責めていたら、あの優しい子は自分を責めてしまうだろう」
「彼女は悪くないのに…」
「あの子の生い立ちも関係しているのだろうな」

!!
この先生はキョーコの過去を知って…

「先生は知っていたんですか?」
「ああ、少しね。だから今回の養子縁組の件は喜んでいるんだ」
「そうでしたか」


「最後に1つだけいいかな。年寄りの余計な話だと流してしまっても良い」
「いえ…どうぞ」
「今度君が彼女に会うとき、彼女は君にどうして欲しいか判るかね?」

キョーコが俺にどうして欲しいか?

「謝る?」
「おやおや、判っていないんだな。まだまだ君は自分を責めているようだ」

そう言うと老先生は面白そうに笑った

「笑うことじゃ」
「え…?」
「あの子は君は幸せそうに笑ってくれることを切に願っているんだよ」

そう言って笑った老先生の眼は、何かを確信しているようだった



先生を信じよう

今度キョーコの前に立つときは必ず笑顔で

そして…

いつか必ずキョーコにも心から笑った笑顔で俺の前で立ってもえるよう神に祈ろう



第一部 FIN

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