キョーコが俺(といっての変装中)と踊ろうとした瞬間、店員が彼女を呼び止めた
「電話です」との言葉に彼女は頷くと、奥の方に消えた

〔よっ、楽しんでいるか?キョーコちゃんと何を話していたんだ?〕
〔ダンスを踊らないかと誘われたんです。で、寸前でおじゃん〕

肩を叩かれて後ろを見ると、満面の笑みを浮かべた社さんと琴南さんだった

〔残念だったな。ま、俺たちに感謝しろよ?…で、キョーコちゃんは何処だ?〕
〔感謝していますよ、ありがとうございます。キョーコなら電話だと言われてあっちに〕

俺の指差した方を見て琴南さんが眉を潜めた

〔あっち…ですか?あっちは厨房ですよ?いくらなんでも主役を呼ぶ電話なんて〕

変だ
普通こういった立派なレストランなら電話を持ってくるか、受付の方で電話を受ける筈だ

さっきの店員の顔を思い出し、周囲を見渡す
キョーコらしき人間も、店員の顔も見えない

〔失礼〕と言って近くにいた店員を呼び止め、風貌を伝える
社長たちも「何があった」と集まり、戸惑う店員に社長は全店員を集めるように言った

〔これで全員です〕

そう言って集められた顔ぶれの中に、キョーコを呼んだ店員は居なかった

〔居ません〕
〔そんなバカな。今日のパーティはこれだけのスタッフでやっています。他の人間など〕
〔現に見た彼がそう言うんだ。誰かが店員に扮してキョーコ君を連れ出したと考えた方が良い〕
〔け…警察に?〕
〔いや、警察ならもう来ている。社、パーティ会場に居る総監と長官を連れてきてくれ〕
〔はい〕

総監と長官は京子ファン倶楽部の2桁会員だ
"京子の一大事"と聞いて飛ぶ鳥の勢いで駆け込んできた

「状況は解りました。関係者以外は出て行ってください」

そう言って俺は呼び出された警察官に背中を押されて出口に追いやられた
正体を明かしたくなかったが、俺は顔の皮とウィッグを外した

「え…?敦賀、蓮?」
「俺も関係者です。この場にいさせていただきたい」

結局社長と父さんの説得のお陰で俺もこの場に居残ることが出来た


Eyes #14


キョーコ誘拐の目的はいくつも考えられた

レストランが閉店ということになり、俺たちは場所を社長宅に移した
皆心配なのか、パーティの出席者は殆ど社長宅に缶詰状態になった

キョーコが誘拐されて3時間
なんの連絡も入らなかった

「お姉さま」と青い顔で震えるマリアちゃんの肩をコウキさんが支える

「どうして」と不安で泣く琴南さんに胸を貸しながら社さんも辛そうな顔をしていた

Pirururururu Pirurururururu

携帯の音が静寂のこの場に鳴り響き、全員がビクンと肩を震わせた
全員が音のした方を見る…父さん?

父さんは携帯を取り出すと、液晶を見て眉を潜めた

「キョーコ…?」
「ミスターッ!多分娘さんの携帯を使ってあなたに連絡したんです。逆探知します」

警察官たちが慌しく動き出した
"OK"という合図が出て父さんは頷くと電話に出た

「もしもし…そうだ。キョーコは何処だ?…………………何だって?おいっ、待てっ!!くそっ!!」

父さんが慌てて制止の声を上げたが、相手が電話を切ったのか、父さんは荒々しく電話を切った
「逆探知できませんでした」という声が遠くに聴こえる

「クー、犯人は何て?」
「"人魚姫は私が頂く。私こそが彼女の求める王子だ"だそうだ」

俺の身体中の血が熱くなって駆け巡る

"俺が彼女の求める王子"…だと?

俺はキョーコを拘束している犯人に殺意を抱いた

ん…?

あれ?

「ミスター。キョーコ…さんは携帯に貴方の名前をどのように登録していますか?」
「え…?あ、確かルイスと一緒で…"クーパパ"だ」
「社長のことは?」
「ボス?…えっと、確か"宝田社長"だ。ちなみに"LME事務所"で番号も入っている」

やっぱり
事務所も入っているんだったら…

「どうした、敦賀君?」
「ミスター、貴方の電話に掛かってきたなら、キョーコさんの父親としてですよね」
「ああ、もちろんだとも」
「それならキョーコさんのことを"人魚姫"というのは可笑しいです。父親なんだから」
「そうか。ボスや事務所に対しての脅迫電話なら可笑しくないが」

"キョーコだから誘拐された"

というよりも寧ろ

「"人魚姫だからキョーコが誘拐された"…?」

「とりあえず目撃者探しを」という警察の声に「あっ」という少女の声が被さった

「マリア?」
「お父様、お爺様、蓮様。もしかしたらお姉さまを連れ出した不届き者の足跡を追えるかも」

そう言うとマリアちゃんはパタパタと部屋を出て言った

数分後、戻ってきたマリアちゃんの後ろには厳つい機械を抱えた使用人が数名いた

「ありがとう、そうね、其処に置いて」
「「「畏まりました」」」

マリアちゃんの指示に従ってテキパキとその機械が設置される
形状はどこか警察の持ってきた機械に似ている

「警察のおじ様たち。大変申し訳ありませんが、電話が掛かってくるまで機械を止めてくださいな」
「し…しかし…」
「すまないが孫の言う通りにしてくれ。責任は俺が持とう」

社長が言うと、警察のトップ2である2人も頷き、現場の人間はただ頷いて機械を止めた

「電源ON」

少女の声が開始の合図を告げると、無機質な機械に命が宿った

「こちら倶楽部本部。緊急の連絡です。大事な人魚が奪われました。時刻は約2030.場所は六本木」

倶楽部?
人魚って…キョーコだよな?
2030は誘拐されただろう時間、六本木はあのレストランのあった場所

「人魚奪回の為に情報を待っています」

そう言ってマリアちゃんがマイクを置いた途端、機械から色々な音がし始めた

『そのビルでバイトしているんだけど、その時刻に非常階段を降りていった男を見たぜ』
『俺も見た。あの制服はレストラン***の者だ。階段下に車が停めてあった』

「車のナンバーは?」

『俺、ゲーセンに向かう途中に見たぜ。邪魔だなって思ってさ。品川*** の **-**だ』
『その車なら俺も見た。白のセダンだ。脇にデカイ傷があった』

「了解。情報に感謝します。次の連絡を待ってください」

す…凄い
警察よりもよっぽど早い

「警察のおじ様。さっき聞いた車を洗ってください。持ち主を」
「は…はい」

皆は呆気に取られながらマリアちゃんを見ていた
皆の視線を感じたのか、マリアちゃんはトコトコと琴南さんの所に歩いていった

「モー子さん、あれで良かったんですよね」
「ええ、上出来よ。まさかあの時に作ったネットワークがこんなに早く役に立つとはね」

嫣然と微笑む琴南さんを見て、俺は背筋が寒くなった
社さんも吃驚したようで、口をあんぐりと開けている

「吃驚しました?これ、この前の"あの"会合の名残なんです」
「普段は京子ファン倶楽部の定期通信に使っているんですけどね」
「倶楽部会員に無線に詳しい人がいて、彼らに構築してもらったんです」
「私が本部の会長、そしてモー子さんが副会長なの」

そう言って微笑んだ少女に大人たち(琴南さんを除く)は呆気に取られた


数分後、「その車は***組の者です」という報告が入った
その報告にマリアちゃんは頷くと、再び無線で情報を流した

「誰か***組に関わりをもつ人は居ますか?出来れば上層部に」

『私の友達がそこの幹部の女やっているわよ』

「さっき流れた車を誰が使ったか知りたいの。聞いてもらえますか?」

『了解』
『待ってくれ。それなら俺の方が早いぜ』

この声は…不破!?

「ではとりあえず双方からお願いします。解ったら連絡を」

『了解』
『了解』

数分後に不破の声が響いた

『お姫さん、その車を使った奴が解った。あそこの組長は俺のファンなんだ』

「ありがとうございます。それで車は?」

『サブローって男だそうだ。組関係ではないらしい。あそこの長は小遣い稼ぎだろうと』

「解りました。***組のサブローについて情報を持っている人は連絡を」

『行きつけの居酒屋を知ってるよ。今から行ってみる』
『あそこのホステスが昔の恋人だわ。今から行って聞いてみる』
『常連のパチンコを知っている。見てくるよ』
『よく顔をだす雀荘を知っているぜ。今から行ってみるよ』

後から後から情報が集まる

その情報を元に警察も動き出している

凄い…国家権力を使いこなす11歳の少女

「誰かサブローの人相を説明してくれませんか?」

マリアちゃんの言葉に、顔の情報が入る
俺の記憶にあるあの店員と一致する

「蓮様、蓮様が見た男と一致しますか?」
「ああ」
「じゃあサブローで決まりですね」

そう言ってマリアちゃんはにっこり笑った
無線からは余分としか思えない背中の黒子についての情報が流れてくる

『サブローを発見したって連絡が来た。場所は****』

「了解。"手を出さないで"と伝えて」



社長の車はとっても派手なので、車を出したがった社長はコウキさんが宥めることになった

「俺の車の方が人が乗れるのに」

目立たないことが大事なんです


いま俺の運転する車の横では父さんが指を鳴らしている

「父さん、程ほどにしてくださいよ」
「何をほざいているか、お前は。私の可愛い娘を攫ったんだぞ」
「まあ…」
「まさに実行犯だ。覚悟しておれ、サブロー」

拙い

このままでは父さんが犯罪者になってしまうかも

「本命はお前に残してやる。だからサブローは私が殺る」
「解りました。でも殺る寸前で辞めてくださいね」


古ぼけたビルにある雀荘から俺たちは1人の男を引っ張り出した

「何だってんだ?俺を誰だと思っているんだ、われぇ!?」
「誰だかは知っているが、特に興味は無い。お前が今日やったこと以外はな」
「んだとぉ?」

もしかしたら勝っているときだったのかもしれない
無理矢理引き摺り出されたサブローは殺気立っていた

でもね…

相手が悪いよ、お前


数分後、ボロボロ&ズタズタになったサブローが出来上がった

「んで、人魚姫を何処にやった?」
「…」
「ん?聴こえないなぁ」

そう言って父さんは無造作にサブローの腕を捻った

「いたたたたたっ!!辞めてくれっ!!言うっ!!言うっ!!」
「何処だ?」
「合田真珠の本社…だと思う」

「合田……何だって!?」

父さんが吃驚してサブローの腕を放した

「ミスター?」

俺の声に父さんはハッとすると、「犯人が解った」と小さく呟いた
父さんは俺の腕を引っ張ると車に戻った

「まさかあの男が?」という小さな声だけが風に乗って聴こえた


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