宝田邸に戻ると、父さんは警察に2、3話し、俺と美恵さんそして社長を書斎に呼んだ

「どうしたんだ、クー?」
「そうよ。それにサブローとやらはどうしたの?空振り?」
「いいや、空振りじゃないよ。黒幕が解った」
「誰なんだ?」

社長の言葉に父さんはチラッと美恵さんを見ると悩む素振りをした

「父さん?」
「あ…いや…その…」

煮え切らない様子の父さんに痺れを切らした俺は口を開いた

「合田真珠って言うのが問題なんですか?確かに有名な真珠メーカーですけど」

「何だって!?」

「何ですって!?」

何なんだ?

俺の言葉に社長と美恵さんが声を上げた
吃驚して2人を見ると、社長は目を開いていただけだが、美恵さんは真っ青だった

「大丈夫ですか?とりあえず座って」

俺は立っているのも辛そうな美恵さんに椅子を勧めると、震える彼女を座らせた

「あ、ありがとう、クオン君」
「いえ…でも、どうしたんですか?」

美恵さんは俺の顔を見ると、フッと目を逸らした
その寸前に見えた美恵さんの眼はとても辛そうだった

「クー、説明してもらえる?」
「いいのか?」
「ええ…でも、私は心の準備が…」

社長が立ち上がると、扉を開けて使用人を呼んだ
そして部屋を1つ用意するように言うと、美恵さんの肩に手を置いた

「少し休むと良い。…ショックだっただろう?」
「宝田社長」
「部屋を用意した。案内させるから」

そう言うと社長は美恵さんに手を貸し、部屋に向うのを手伝った
パタンと扉が閉まる音がやけに響いた


Eyes #15


「ボス…話す前に教えて欲しい。何故、キョーコが"人魚姫"に選ばれるのを止めなかったのですか?」
「父さん?」

父さんの眼はとても厳しかった
その目を正面から受けた社長は1つ溜息を吐くと口を開いた

「キョーコ君の人魚姫就任はほぼ満場一致だった…俺と美恵を除いてな」

初耳だった

「蓮、お前は知らないだろうが姫に選ぶのは歴代の姫と芸能界の重鎮、そして影響力のある人たちだ」
「初めて知りました」
「そりゃそうだろう。お前は"姫"をどれだけ知っている?」
「えっと…美白の白雪姫、黒髪のかぐや姫、美脚のシンデレラ、クールビューティー眠り姫、そしてキョーコの人魚姫です」
「お前、人魚姫って今まで聞いたことあったか?」

不意にこの前社さんと話したことを思い出す

"人魚姫って初めて聞くよな"

「いいえ、初めて聞きました。もしかして…今回新しく出来たんですか?」
「いいや、姫の数は増えない」

社長はドでかいマホガニーの机に歩み寄ると、引き出しから1枚の写真を出した
そして俺に渡すと、"見てみろ"という仕草をした

「…美恵さん?隣は…知っているような、知らないような」
「知らなくてもおかしくないな。彼女は"TOKO"というモデルだ」
「ああ、そう言われてみれば聞いた事が…」

「それは初代の白雪姫と人魚姫。"TOKO"は初代の人魚姫だ」
「え…?」
「そして人魚姫はキョーコ君が2代目だ」

キョーコが2代目?

そんなバカな

白雪姫は松内瑠璃子で10代目、かぐや姫は琴南さんで15代目だぞ?

「封印された姫だったんだよ"人魚姫"は」

そう言うと社長は俺の手から写真を取り、大切そうに引き出しに閉まった



「私が美恵と透子に会ったのは"月篭り"の撮影の少し前だった」

父さんの話に耳を傾ける

「美恵は…まあ、昔も今も変わらず元気一杯で華やかで。返って透子が儚げに見えた」
「父さん、透子さんは今は?」

TOKOというモデルのことを思い出したが、最近の話ではない
ほぼ伝説化した話と言っても良い
過去に姫と呼ばれていて今は噂も聞かないとはおかしい

「亡くなった…20代という若さだったよ」

!!

「先天性の病気でね。生まれつき足が悪かったんだ」
「失礼ですけど、そんな人がモデルを?しかも"姫"と呼ばれるほどの」

父さんは俺をジッと見た

「5体満足では無かったが、彼女は素晴らしいモデルだった」
「すみません」
「責めている訳ではない。確かにモデルとは最高の状態を要求される」

モデルとは人々の憧れでなくてはいけない

初めてアルマンディと飲んだときに聞いた彼の持論

「だけど彼女の無垢さ、透明感、そして献身的なひたむきさは人々の共感を得た」

「私は彼女以上のモデルを知らない」

日本で活躍し、その後米国で活躍している父が過去最高と誉めるモデル

「合田真珠って会社だがな」

!!

「そっ、そうだっ!!こんな所で話をしていないで、助けにっ!」
「落ち着け。とりあえず警察に裏を取ってもらっている。礼状が取れれば乗り込むそうだ」
「…待つしかないんですね」
「仕方あるまい、相手は大企業の会長なのだから」

え…?

「父さん。もう犯人が解っているんですか?」

父さんは俺の目をジッと見て頷いた

「十中八九、合田真珠の現会長、合田孝雄だ」
「何故?」
「彼、いや合田孝雄は透子の恋人だったんだ」

透子の恋人?

「合田は透子を利用するだけ利用して捨てた男だ」

利用?

「美恵、透子の親友だった美恵が誓った生涯の敵なんだ」

「敵?」
「ああ。美恵の目標は合田真珠を合法的に潰すこと。親友の仇を討つことなんだ」

そう言った父さんの目も悔しげだった

きっと透子さんは皆に愛されていたんだろう

キョーコのように


「透子をモデルとして推薦したのは当時合田真珠の御曹司だった孝雄だった」
「恋人を?」
「ああ。奴が透子の魅力にいち早く気づいていたことだけは認めるよ」

「当時、今でこそ奴の会社は大きいが、当時は倒産寸前の会社だった」
「あの合田真珠が?」
「ああ。それでキャンペーンガールとして透子を採用したんだ」

社長がファイルを持ってきて、俺に資料を見せてくれた
真珠を身体に巻いて笑う女性
儚げであり、まるで今にも水に消える精霊のようだ

「綺麗ですね」
「その写真で透子は一躍有名になった」

ファイルを捲ると、真珠を身につけたTOKOの写真が続く

あれ?

「合田真珠以外の仕事はしなかったんですか?」
「ああ。"私は彼のためだけにモデルになった"が透子の口癖だったからな」
「勿体無い」
「本当に。TOKOには仕事の依頼が一杯来ていたが、彼女は極力断った」

そしたらTOKOには

「合田真珠にはプレミア価値のある専属モデルがいたって訳ですね」
「ああ、そうだ。TOKOが"姫"に選ばれた頃には合田真珠は業界トップまで上り詰めた」
「何故、人魚姫と?」

父さんの目が曇った

「父さん?」

「足を引き摺って歩く痛々しい姿が、初めて丘に上がった人魚のようだ」

!!

「悪意ではない。敬意で呼ばれた人魚姫だったんだよ、最初は」

最初は?

「お前も同じ世界に居れば解るだろう?上に行けば行くほど妬みを買う」
「それじゃあ」
「女の嫉妬は怖いな。私たちも出来るだけ庇ったんだが、皆忙しくてな」
「そんな」
「よく身体のあちこちに痣を作っていたよ。本人は足が不自由で転んだって言っていたがな」
「今も昔も変わりませんね、芸能界の腐った体質は」
「人気商売だからな。それに合田以外の仕事を極力受けなかった。奢っているように見えたんだろう」

「この頃かな、透子の病気が進行し始めたのは」

!!

「姫に選ばれて少したった頃、透子の足はあまり動かなくなってしまったんだ」
「それじゃあ彼女は引退…」
「すると思うだろう?でも透子は痛み止めを打ってモデルを続けた。全て奴の為に」

「病気の進行を鈍らせる薬は…髪の毛や肌、とにかく外見に影響すると聞いた透子は投薬を断った」
「それじゃあ彼女の病気は」
「順調に侵攻したさ。でも透子はあの日までTOKOであり続けた。全てあの男の為に」


「俺はよく覚えているよ。透子君が救急車で運ばれたあの日を」

ずっと黙っていた社長が口を開いた

「あの日、都内で指折りのホテルで記者会見が行われた。合田真珠の社長、合田孝雄の婚約発表だ」
「相手は…」
「………有名宝飾メーカーのご令嬢。またとない組み合わせだと業界は沸いた」
「透子さんじゃあ無かったんですか?」
「ああ。合田は透子君を利用するだけ利用して捨てた」

「ずっと張り詰めていた糸が切れたんだな。その報道を仕事場で聞いた透子は意識を失った」
「そんな…」
「それ以降、透子の足は動かなくなってな。病院での闘病生活に入ったんだ」

父さんはそのときを思い出したのか、とても辛そうな目をした

「合田は透子に一切の説明も別れもしなかった。そして自分の為に身を粉にした透子の見舞いにも来なかった」

「俺も美恵も、そしてあのとき一緒に過ごした仲間たちは決してアイツを赦さない」

「そう俺たちは透子の墓に誓ったんだ」

父さんが口を閉じた後、書斎は沈黙に埋もれたが、扉がノックされて現実が戻った

「入れ」という社長の声で、宝田邸の使用人が現れた

「旦那様。警察の方が至急広間に来ていただきたいと。キョーコ様奪還の作戦を練るそうです」
「解った。クー、蓮、行くぞ」

俺たちは頷いて、部屋を出る社長の後に続いた


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