「お役所仕事を待っていたら時間が掛かるので突入します」

お役所仕事って…あなたたちはお役人でしょ?

地図を広げる警察のトップ2人に俺は呆れた

「良いんですか?証拠もなしに突入して」
「私はファン倶楽部の情報を信じる。早く京子さんを助けなくては」

どうやら"京子の為"という免罪符が彼らを動かしているようだ

「ここが合田真珠の本社ですが、京子さんはすでにこちらには居ないでしょう」
「何故そのように?」
「ファン倶楽部の会員がここにも居まして、彼らに聞きました」

恐るべし京子ファン倶楽部
"1人居たら10人存在すると思え"…ゴキブリみたいだな

「本日2130少し過ぎに会長車が到着し、10分ほどで居なくなったそうです」
「キョーコを連れて?」
「その可能性が高いかと。車のナンバーから、こちらのマリア嬢に協力してもらいました」

マリアちゃんがピョコンッと顔を出してにっこり笑った

「例の無線を使ってその車を追跡調査したら、合田孝雄の本邸に入ったとの情報が入りました」
「時間は?」
「2330頃」

丁度俺たちがここに集まった頃だ
時計を見ると既に2時

「運び込まれてから2時間半。早く助けなくてはならないのです」

拳を握って主張する総監に俺たちは頷いた


Eyes #16


「これが合田邸の見取り図です。因みにこれは任意で建築を請け負った会社からお借りしました」
「…そこの社員もキョーコのファン倶楽部会員か?」
「いえ、社長と奥方です。で、ここが門。少々高いのが難点ですが、敷地内を回るには此処が早くて」

ちょっと待て

「あの…それって不法侵入、犯罪では?」

社さんの引き攣った声に、総監と長官が笑って答えた

「大丈夫です。突入部隊のアリバイはファン倶楽部会員たちがこぞって引き受けてくれます」
「警察が動くことについては総理大臣の許可もすでに得ています」
「総理のおじ様にはお姉さまのDVDと秘蔵ポスターで了承してもらえましたの」
「防犯システムは既に警備会社に連絡して警報発生時刻を10分遅らせてもらうことにしてあります」
「警備員到着までが10分。20分で京子さんを救出します」

完全犯罪が出来るな、こりゃ

「突入部隊だが、私と敦賀君が乗り込もう」

父さんがニヤッと笑って言った

「ミスターヒズリ。お嬢さんを助け出したい気持ちは判りますが、ここは我々警察に…」
「君たちの能力を軽んじているわけではないのだが…誰かこの中にこの門を越えれる奴が居るか?」
「…どのように超えるのですか?」
「バイクが一番早いだろう。俺もスタントで慣れているし…敦賀君、出来るな?」

バイクで門を超えるのか?

門の高さは…約3メートル
助走を付ければ…

「出来ます」
「よし。私と敦賀君が門を超え、私が中から鍵を開けよう。敦賀君はそのとき屋敷内を探せ」

どうやら父さんはキョーコの救出を俺に任せてくれるようだ

「解りました」
「ま…待ってください。交通機動隊の奴らに連絡すればもしかして誰かが」
「駄目だ。呼ぶのに時間が掛かるし、万が一の失敗も認められない。成功率の高い奴がやるべきだ」

「うしっ!じゃあクーと蓮、行って来い。蓮、明後日も仕事あんだから怪我だけはすんなよ」
「「はい」」
「飛ぶのに必要な機材は直ぐに用意する。総監、直ちに合田邸の付近に工事現場を設けてくれ」
「…解りました。では電気の工事にしましょう。あの高さのクレーンをうまく使えば飛べますよね」
「ああ。感謝する」
「蓮のアリバイは…そうだな、テレビ局のお偉方と会議で良いか。マリア、連絡してくれ」
「はい、お爺様」
「クーのアリバイは…奏江君、頼めるか?そうだな、キョーコ君と3人でお酒でどうだろう」
「解りました。では…そうですね、横浜のホテルのバーの支配人にでも頼みますか」

着々とキョーコ奪還の準備が出来上がる

直ぐに助けに行くから待っていて



ん…

いつもより遅い意識の浮上に違和感を感じつつ、私は薄っすらと目を開いた

!!

溺れるっ!

目に入ったのは蒼

咄嗟に口と鼻を塞いだとき、私は違和感に気づいた

違う…ここは水の中じゃない

息が出来る

重い頭を抱えて、私は起き上がって周囲を見る

こぽこぽいっている水槽の下からブルーライトが当てられ水の中を演出している
壁は扉のある一面を除いて全て大きな水槽
身体を支えている手が沈んでいるのは真っ白でふかふかの大きなクッション
頭の上には何かのオブジェがある

ここは…どこ?

「私、パーティ会場に居た筈なのに…そう、電話…それで…」

男のにやけた顔を思い出し、背筋がゾクッとした
ハッとして慌てて身体を見ると、同じドレスを着ていて幾分ホッとした

台座のようになっている場所から降りようとした瞬間、目の前の扉が開いた

「目覚めたか…。ようこそ、我が家に。歓迎するよ、人魚姫」

逆光でよく顔は解らないが、クーパパたちと同じくらいの年の男の声がした

「ここはどこ?」
「海の底だ。長い間掛けて私が作った人魚姫の棲家だ」

人魚の棲家?

「…私をここから帰して」
「どこに帰る?君の家は此処だよ」

男がニヤッと笑ったのが解った

怖いっ!

「わ…私の家はパパ達の家よ。此処じゃない」
「いいや、人魚が住むのはここだ。ここで私と一緒に暮らすのだ」

男が一歩踏み出すと、私の方に手を差し出してきた

ヤダッ!!

助けてっ!!


蓮っ!……コーンッ!!!



「キョーコ?」

不意に頭に響いたキョーコの声に俺は顔を上げた

「どうした?」と、最後の確認をしていた父さんが怪訝そうな顔をした

「いえ、ちょっとキョーコの声が聴こえたようで」
「…気持ちは判るが集中しろ。じゃないと大怪我するぞ」
「はい」

確認が終了して、俺と父さんはバイクに跨った
ブオンッという音が静かな住宅街に響く

「蓮、気をつけていけよ」
「ありがとうございます、社さん」

心配そうな社さんの顔に俺は笑って礼を言うと、メットを被った

電気工事のクレーンが上がる
幅の狭いクレーンの首が俺たちの助走台

2機のクレーンの準備が出来て、工事の人に扮した警察が旗を振る

俺はバイクを蒸かすと、クレーンの首を走る

神経が研ぎ澄まされる

速度を上げて一気に走ると、フッと足場が無くなり浮遊感が身体を襲う

ドンッと下から突き上げるような衝撃をバイクと膝で吸収する
一瞬息が詰まるが、直ぐに身体を倒してグギャギャギャとバイクを停める

「クオン、行けっ!」

同じ様に着陸した父さんの声を背後に聞きながら、俺はそのまま走った
使用人の誰かが押したのか、警報機の音がする

あと20分



「旦那様、大変です。侵入者です」

突然白い光が指した部屋に、大きな声が響いた
その途端、私の身体の上に乗っていた男が「何だと?」と叫んで身体を起こした

今だっ!

私は思いっきり男の身体を押すと、男の身体の下から抜け出して奥に逃げる
男がチッと舌打ちしてバランスを崩し、私はその隙に台座から降りると出口に走った

「何だ?」と慌てながら出口を塞ぐ男をクーパパに教わった護身術で倒す

「待てっ」という男の声を聞きながら、乱れた服を必死に押えて走る
脚も身体も震える

しっかりしなきゃっ!

いま逃げないとチャンスは無い

震える脚を叱咤して、賑やかな場所を目指して走る

え…?

かすかに聞こえた

私は脚を止めて耳を済ませた

バイクの音…

そして私の名を呼ぶこの声はっ!

「コーンッ!!」

私は咄嗟に叫んでいた



キョーコを探しながら広い屋敷内を走る

大きな庭に突入したとき、「コーンッ」と呼ぶ声がした

キョーコの声

それに呼んでくれたのは…懐かしい俺の名前

ブオンッと排気音を立てて声のした方に走る
ギャッと角を曲がったとき、そこに居た

「キョーコッ!!おいでっ!!」

咄嗟に差し出した手に、俺はハッとした

キョーコは俺の手を取ってくれるのか?

俺の声にハッとしたキョーコはパッと振り向いた

驚きと躊躇が顔を過ぎる

駄目か…

そう思ったとき、キョーコが満面の笑顔を浮かべた

「コーンッ!!」

キョーコは裸足で庭に下りると、バイクに跨る俺に抱きついた
乱れたドレスと震える身体から何があったか分かる

コーン、コーンと縋りつくキョーコを俺はギュッと抱きしめた



温かい

トクントクンという音が身体に響く
震えが止まるのが解る

安心する匂い

って!!

ワタワタと私は蓮の腕の中でもがいた
さっきまで動転していたけど、私、いま、蓮に抱きしめられてる!?

蓮の腕にギュッと力が篭り、更に強く抱きしめられた

「大丈夫、もう大丈夫だから。落ち着いて、キョーコ」

いえ、大丈夫ではないんです

いま私は蓮の腕の中に居るから…………え?

キョーコ?

いま蓮は

「キョーコ」って言った?

混乱する私を他所に、蓮は私をずっと抱きしめていた
何度も「キョーコ」と繰り返しながら


もしかして私のことを

「キョーコ」

蓮のテノールの声が私を呼ぶ
願望が生まれてしまう

「もしかして、私のことを思い出してくれたんですか?」

その瞬間、蓮の腕がビクッとして固まった



キョーコの身体から香る懐かしい匂い

懐かしさに胸が締め付けられたとき、キョーコの言葉で現実に戻った

腕の中のキョーコを見下ろすと、彼女は俺をジッと見上げていた
嘘を赦さない、真実を求める目

「ああ」

彼女の目の前で俺に誤魔化すことは赦されなかった

「いつ?」
「…去年のクリスマス。君が帰った後に」
「そうだったんですか」

キョーコがスッと俺の腕の中から抜け出た
失った温もりに、俺はキョーコが赦してくれないことを悟った

「ごめん…君を忘れてごめん」

俺は謝ることしか出来なかった

「赦しません」

…当たり前か

「辛かったんだから」

解ってる

「淋しかったんだから」

本当にごめん

そう言って項垂れた俺の首に温かい腕が回ると、グッと下に引っ張られた

え!?

キョーコ!?

「良かった…思い出してくれて本当に良かった」

そう言って彼女は俺にしがみ付いて泣き始めた

俺は自惚れて良いんだろうか

「キョーコ」と彼女の腰に腕を回したとき、第3者の声が聴こえた

「私の人魚に触るな」

忘れてた

合田孝雄
コイツの存在を


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