「私の人魚を返せ」

繰り返される"私の人魚"というフレーズに私の身体が震える
さっきまで耳元で何度も言われた言葉
蓮ではない男が私の肌に触れた感触を思い出し悪寒がした

「寒い?」

蓮が優しい声で問いかけると、自分のジャケットを私に掛けてくれた
ふわりと香る蓮の匂いに安心する

蓮の身体にピトッとくっつく

嫌かな?と思って蓮の顔を見ると、彼は嬉しそうに笑っていた
蓮の力強い腕が私の身体に回る

「"私の人魚を返せ"?…"私の"とは随分図々しいな」

怒りを含んだテノールが静かな庭に響く
私には他の何よりも大切な人の声

「不法侵入した輩に図々しいと言われる筋合いは無いな」

!!

そうだ、蓮は確かに不法侵入中(だって家主が怒っているもん)

私は慌てて蓮の腕を引くと、耳元でコソッと言った

「蓮、早く逃げよう。警察が来たら大変だよ。スキャンダル〜」

そんな私の頭をポンポンッと叩くと、蓮は腕にはめている時計を見た


Eyes #17


不法侵入して15分
そろそろ退かないとな

俺はキョーコの身体を持ち上げると、バイクの後ろに乗せる
「わっ」と慌てて俺に抱きついたキョーコに愛しさが込み上げる

「今日のところはお互い犯罪者なので、両成敗とさせていただきますが」

コイツがキョーコにしたことは赦せない

青い顔をして乱れたドレスを押えているキョーコを思い出す

「次は無いですよ」

俺はそう言うとバイクのエンジンを蒸かした

「ま、待て。人魚を置いていけ」

男の声に俺は男をジッと見た

「何故?」

「私の人魚だ。人魚は私の生涯の宝だ。誰にも渡さない」

俺の問いに対し、男はどこか高揚した声で答えた

「お前の人魚はもう居ない」

俺の言葉に男はハッとすると、怒りに満ちた目を向けた

「何故?お前が何処かにやったのか?」

憎悪の目

こんな目をする位なら

「離さなければ良かったんだ」
「何だと?」
「離したのはお前だ。そんなに想うなら大事にすれば良かったのに」

俺は男の目を見ながら言った

「後悔に苛まれて、彼女じゃない人魚を求める位なら彼女を最後まで大事にすれば良かったんだ」
「私は…彼女を…」
「もう遅い。彼女の気持ちもお前の気持ちももう伝わらない。全てが遅かったんだよ」

それだけ言うと、俺はバイクを出発させた
腰に回った細い腕と背中に感じる熱が人魚を取り戻したことを実感させてくれた



門の外に出ると大勢の人が居た

「キョーコォォォォ」という声がした途端、私の身体はバイクから離れてクーパパの腕の中に居た

「パパッ!」
「無事で良かった。私は生きている気がしなかったぞ」
「心配かけてごめんね」
「何を言う。娘の心配をするのは親の務めだ。しかしこんなに可愛い娘だとオチオチしてられないな」

再び「キョーコォォォォ」とグリグリし始めたパパの頭を社長がパカンと叩いた

「痛いです。何ですか、ボス?」
「少しは落ち着け。とにかくこの場を撤退するぞ」

!!

そう言えばまだ此処は不法侵入した家の門の前
そして明らかに不審な黒ずくめの人の群れ

忍者みたいな格好で誰が誰だか解らないけど、みんな慌てて撤収し始めた

「キョーコ、一緒に帰ろう」

そう言って蓮が差し出した腕を取ろうとしたとき、反対側の手をグイッと引かれた
「キャッ」とバランスを崩した私の身体は力強い腕で支えられた

「パパッ?」
「…ミスターヒズリ、何の真似です?今更邪魔をするんですか?」
「ああ、もちろん」

パパの意外な言葉に私と蓮は目を剥いた

な…何で?

だって今まで蓮と私のことすっごく応援してくれたじゃない

「敦賀君の記憶が戻って元鞘?それはちょっと敦賀君に甘すぎる人生だろう」

パパの声に後ろの人が笑いながら頷く

「キョーコ、お前は優しすぎる。そう簡単に許しちゃいけないよ」
「でもパパ、私…」

私の言葉を遮ると、パパが蓮に言った

「京子ファン倶楽部の会員は知っているよな、敦賀君?」
「え…ええ」
「彼らからの挑戦だ。君が彼らに勝ったらキョーコとの結婚を認めよう」

「なっ!?」
「パパッ!?」

パパの宣言に私は仰天した

「で…でも、パパ…私は蓮と家族になりたいんだけど…な?」

カクンと首を傾げてパパに言う
ジュリママに伝授されたクーパパ陥落法

「キョーコ…う、いかんいかん。私は譲らないぞ、これを見ろ」

そう言ってパパが取り出したのは……誓約書?

「ここの第127項を読んで見ろ」
「これってルイスパパの養子承諾書じゃない…えっと、127項ね…」

127…125…126…ああ、あった

「甲、この場合ルイスパパのことよね、甲の許しなく乙、乙は私のことよね、乙は結婚できない」

…………は?

「パパパパパパパパ、パパッ!何これ!?」
「さてはお前ちゃんと読まずにサインしたな?因みにこれは成人、非成人は関係ないぞ」
「で…でででででも、ルイスパパだってきっと」
「ふふーん、甘いな。ルイスと既に相談済みだ」

そう言ってパパは勝ち誇った顔で蓮を指差した

「敦賀君、勝負するかねしないかね」



父さんの気持ちは痛いほどよく解るし、キョーコを大事にしているのも解った

でも…これってやり過ぎじゃないか?

あの時俺は"NO"とは言えずに京子ファン倶楽部の奴らと勝負することになった

俳優陣は良い

演技勝負としてオーディション勝ち抜き戦ならお手の物だ
キョーコの為ならどんな役にだってなって見せよう
(これは琴南さんが一番の強敵だった)

ファッション界や建築関係の奴らも良い

デザイン勝負とか写真の腕を競うとか、それなりに面白い
勝ち負けというよりお互いを認め合うということで勝負は終わった
(一番の強敵はアルマンディの妻となったスージーだった)

スポーツ勝負も良い

凡そのスポーツなら経験しているし、格闘技も問題ない
カポエイラとかが相手の時はちょっと手間取ったけど
(これの一番の強敵はなぜか父さんだった)

数字オタクとの計算勝負、科学オタクとの発明勝負
漢字オタクが居ないのが天の助けだ
(発明費用でロイヤリティも貰える事になったし)

仕事の合間に勝負をこなし続け、ようやく残り1/3になった

俺はいま日夜勉強に勤しんでいる

「蓮、大丈夫?」

そう言って久しぶりに日本に来たキョーコが差し出してくれた珈琲を飲む
最近は専らドロリと濃い珈琲を飲んでいる

「大丈夫だよ。そろそろ(ファン倶楽部の奴らとの)勝負も架橋を超えたし」
「そう…?それにしても蓮、国家資格増えたわよねぇ」

この1年で取った国家資格は色々ある
"国家資格一発合格"それが残りの奴らとの条件だった
只今弁護士資格を取得する為に猛勉強中だ

「それにしても蓮って本当に真面目に生きてきた人の敵よね」

カフェオレを飲みながらキョーコが言う

「何で?」
「だって数ヶ月の勉強で資格を取っちゃうんだもん」
「人生掛かっているからね。そりゃ必死になるさ」
「うふふ…早く勝負に勝ってね」
「ああ、最後は不破だからな、多分」



蓮の心配は杞憂に終わらず、勝負の最後は尚ちゃんだった
私も仕事を調整して日本に来た

「それにしても嫌味な男よねぇ」

勝負の様子を観に来たモー子さんが言った

「普通あんな難問をクリアしていく?天才肌って言うのかしら」
「本当だよね。アイツってIQいくつなの?って問題もスラスラ解くし」
「スポーツは敵なし、デザイナーの才能も、写真家の才能も有り」
「ホント、歩く万能君だよな。記憶なくしたとき何であんなにバカだったか解らん」

モー子さんと社さんの話を聞きながら、私は尚ちゃんと蓮を見ていた

「お疲れさんだな、敦賀さん」
「お陰さまで」
「マネージャー陣との勝負は秘書検定だったんだって?」
「ああ、君の相棒の祥子君は強敵だったよ」
「ああ、ショー子さんはキョーコのすっげぇファンだからな」

そう言って笑うと、尚ちゃんは私の方に歩いてきた

「尚ちゃん?」

尚ちゃんは私の目をジッと見ながら口を開いた

「今、幸せか?」

そう言って私を見る尚ちゃんの顔は珠に優しかった幼馴染の顔

「うん、すっごく」

そう言って笑うと、尚ちゃんはフッと目元を緩ませた

「そっか、良かった」
「尚ちゃん?」
「お前が幸せじゃなかったら、どんなことをしてでもアイツを負かそうとしたけど」

そう言って尚ちゃんは蓮を指差した

「でもお前が幸せならいいや。幸せになれよ」

そう言って尚ちゃんはニコッと笑うと、「敦賀蓮の勝ちだ」と言った
電話を掛ける尚ちゃんをポカンと見ていると、"行けよ"と言って背中を押された
唖然として振り返ると、「ミスターヒズリ」と言ってパパと電話をし始めた

そっか

尚ちゃんはだから最後に残ったんだね

「蓮っ!!」

私は少し離れたところで呆然としている蓮の傍に走っていった

「蓮、約束通り私と結婚してくれる?」

そう言って私は蓮の首に抱きついた
何か言おうとした蓮の唇を、自分の唇で塞ぐ

答えの言葉は要らないの

そっと唇を離して小さな声で囁く

「言ったでしょ?私からのキスは特別なときにって」

蓮の目が変わる

戸惑いから何かが解った顔、そして最後には満面の笑顔に

答えは勿論


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