「蓮!!」

満面の笑顔でこちらに走ってくるキョーコを胸で受け止めて、顔を覗き込む

「どうしたの?」
「大好きよ!!」

そう言って彼女の笑顔は益々輝いた

「俺も大好きだよ」

そう言うと俺は彼女をギューッと抱きしめた

キョーコの笑顔を見て結婚が決まってからの慌しい日に不破が自宅を訪ねてきたことを思い出した


Eyes #19


「よお」

そう言って不破が掲げたのは日本酒の瓶だった
「どうして此処が?」と聞いた俺に、不破は「LMEの姫さんに聞いた」と簡潔に答えた

「うちの親父とお袋からの祝い酒。アンタに渡してくれってさ」
「俺に?キョーコじゃなくて?」
「キョーコには別に送ってあるんだと。これはアンタに礼だってさ」

不破にグラスを渡し、俺たちはさしで飲み始めた
キョーコが芸能界に入った頃からは信じられない光景
同じことを不破も想ったのか「まさか俺たちがこうやって酒を飲むとはな」と言って笑った
「そうだな」と俺は笑って答えただけだったが、不破は満足したようだった

互いに仕事の話をしたり、法律的な相談に乗ったりと酒も半分なくなった頃に不破が言った

「キョーコって俺にとっては空気みたいな奴でさ」

昔を思い出すように不破が言った

「いっつも俺の後をついて回って、アイツが俺の傍から居なくなるって考えたことは無かった」
「そう…だろうね」
「やっぱなぁ」

俺も目をジッと見ながら、不破が言った

「アンタ、昔キョーコに会った事あんだろ?多分、アイツが6歳の頃」

頭の中にキョーコとの思い出の妖精の森が出てきた
俺の返事は不要なのか、不破は言葉を続けた

「いっつも泣き虫なアイツがさ、6歳の夏から泣かなくなったんだよ」
「へえ」
「泣かないガキなんて心配だろ?で、俺のお袋がキョーコを観察したんだよ」

観察って、朝顔や糸瓜じゃないんだから

「そしたらアイツ、小さな青い石を抱いて1人でコッソリ泣いていたんだって」
「青い…石」
「そう、"コーン"だっけかな。トウモロコシかと思ったけど人の名前だったんだな」
「え?」
「"クオン"、クオン=ヒズリ。アンタのことだろ、敦賀さん。いや、クー=ヒズリの息子さん」

彼の笑った目を見て、全てを知っている事が解った

「どうしてそれを?それはトップ・シークレットだったはず」
「ま、色々方法があってね。それで解ったんだ、アンタがアイツの泣き所なんだって」

泣き所?

「キョーコの弱点でもあり、唯一心から思いっきり泣ける場所ってこと」

不破が俺のグラスに酒を満たした

「アンタがキョーコを忘れちまったときのアイツは見ていられなかった」
「すまない」
「責めているわけじゃねえ、いや、責めてるな」

不破がグラスを煽った

「実はさ、俺…アンタが記憶をなくしていたときキョーコに言ったんだ」

その先の予想は付く

「敦賀蓮なんて忘れて、お前も新しい幸せを、居場所を探せよって」
「そうか」
「でもさ、アイツ言うんだぜ。"蓮はずっと私の求めていた居場所だったの"って」

キョーコが?

「初めは意味解んなかったけどよ、アンタが"コーン"だって解って納得した」

「6歳の頃からの刷り込みだ。アイツの心が求めるの居場所はアンタだけさ」

そう言うと不破は姿勢を正した

「キョーコのこと宜しくお願いします」
「不破…君?」
「俺にとってアイツは大事な幼馴染で、今では妹みたいに幸せになって欲しい奴なんだ」

そう言って不破はキョーコに引けを取らない綺麗な礼で頭を下げた
さすが老舗旅館の跡取り息子だと、こういうとき心底思う

初めて不破を認識したときの第一印象は"尊大なガキ"
しかし少女が花開いて美しい女性に変化したように、時が少年を立派な青年にしていた

「勿論だよ、ありがとう」

俺は礼を言うのが精一杯だった



〔キョーコ、綺麗だよ〕
〔ありがとう〕

私は左側にいるルイスパパが差し出す手をとった

〔キョーコ、これでお前は法律上も俺の娘になったんだな〕
〔うん。改めて宜しくね〕

私は右側にいるクーパパが差し出す手をとった

なんで私が2人の手をとっているかって?

それは、コイントスの結果がクーパパが4927勝でルイスパパも4927勝だったから

「よくこんなに投げたわよね。1万回まであと少しだったわ」
「か、奏江」

感心するモー子さんと、遠慮なく言うモー子さんに慌てる社さん
そんな2人を見ながら、私はさっきまで目の前で繰り広げられていた勝負を思い出した

〔こ、これで最後にしよう。男同士の約束だ、いいな?〕
〔おお〕

肩で息をした2人がヨロヨロと立ち上がり、クーパパがコインを構えた瞬間

〔お時間です〕

式場のスタッフの声でタイムアップ
結局2人で花嫁(わたし)の父をやることになった


「始めっつからこうすれば良かったのよ」
「そうだよね〜」
「本当にアンタが絡むと皆お茶目な人間に見えるから面白いわ」
「奏江、君もだよ」

呆れる社さんの言葉を聞いて私は笑う
キョトンとしたモー子さんだったが、「かもね」と言って笑った


〔キョーコ、アルは何処だ?時間だぞ?〕

クーパパの言葉にアルが傍に居ないことに気づく

〔アル、時間よ。行くわよーー〕

私の声が聴こえたのか、首に白いリボンを巻いた黒猫が走ってきた

〔お前はもうパパだけど、今日は一緒に結婚式だからね〕

モー子さんがしゃがんで首のリボンを直してくれた
なうっと鳴くと、アルは最後の毛繕いを始めた


〔なあ、クーよ。まだ私はこんなに可愛い娘を君の息子にやりたくないよ〕
〔気持ちはわかるぞ。私も複雑だ。息子には早く嫁を貰って欲しいが、娘に嫁に言って欲しくない〕
〔パ、パパ?〕

突然の話に、わたしは驚いて左右のパパを見た
例の話は全部クリアしたんだから、もう良いんじゃないの?

ルイスパパが私の手をギュッと握る

〔キョーコ、30歳位まで私達の娘でいないか?今日からお前がいなくなるなんて〕
〔そんな…それに近所に住む予定よ?〕

〔そうだ、キョーコ。いっそのこと新しい家を辞めて久遠と一緒に俺達の家に住まないか?〕
〔クーパパまで?〕

何を隠そう、この2人
先日NYのルイスパパの家とLAのクーパパの家を大改造して、かなり巨大な家、いや、城を作った
いまや家の中でも携帯電話は必需品である


〔花嫁、入場してください〕

係りの人の声で、私たちはハッと前を向いた

〔行こう!!〕

私は渋るパパ達の手を引っ張ってバージンロードを進んだ
足元ではアルも一緒にバージンロードを歩いている

蓮の目の前まで来る
本当ならここで父親が花婿に花嫁の手を託すんだけど

パ〜パ〜、お願いだから手を放して

パパたちは私の手をギュッと握って放さなかった
会場から笑い声が漏れる

は…恥ずかしい…///

〔父さんたち、いい加減にしてくださいよ〕

蓮はクーパパの手を無理矢理引き剥がし、私の右手を握るとニッコリ笑った
悔しそうなパパの顔が目に入ったけど、私もつい蓮の笑顔につられてニッコリ笑った

〔その笑顔なら安心だな〕

ルイスパパはそう言って自分から手を離した

慌てて目をパパに向ける

あれ?

私と目が合ってない

ということは…………………やっぱり

ルイスパパはじっと蓮の目を見ていた

〔久遠君、今度は私の映画に是非。私は娘夫婦で主演の映画を撮りたいとずっと願っていたのだ〕
〔ルイスおじさん…〕
〔是非"父さん"と呼んでくれたまえ。見ての通り、私は親ばかなジジイだからな〕
〔クスッ…喜んで映画に出させていただきますよ、ルイス父さん〕

敦賀さんが一礼すると、パパは私に目を向けて頷いた
パパたちが席に戻ると、私は敦賀さんに目を向けた

敦賀さんの足元にはピンク色の花冠を頭に載せたお腹の大きな白猫がお澄まししていた



〔それでは誓いのキスを〕

神父の合図で俺はキョーコのヴェールを持ち上げた

うっわ///

思わずキョーコの可愛さと綺麗さに顔が赤面する

〔蓮?〕

そう言って首を傾げる

う゛っ!

その姿は反則だろう///

俺はキョーコの唇にそっとキスを落とした
深くしようとする衝動を必死に理性で押しとどめる


気が付くと式が終わり、俺たちは披露宴会場に来ていた
あまりの幸せさに記憶が飛んでいたが、隣で笑うキョーコを見て気にしないことにした

〔久遠、キョーコ、花婿と花嫁のお前たちが踊らないと次が続かないよ?〕

父さんの声にキョーコがピコンッと耳を動かす
父さんたちから聞いたがキョーコは相当ダンスが好きなようだ

〔行こうか、奥さん?〕

そう言って俺は手を差し出した



蓮の差し出した手をジッと見た

蓮ってクーパパの息子なんだから
多分ダンスは徹底的に教え込まれているよね?

"ダンスは紳士淑女の基本"

そう言われて私はパパにダンスを仕込まれた
結果今ではダンスが大好きなんだが、一時期はあの特訓がきつかった

チラッと見た私の目から何かを読み取ったのか、蓮はニコッと笑った

私の前に立つとはスッと優雅に礼をした

え?

〔Shall we dance, my lady?〕

///!!

うっわ///


強烈っ///!!!


周りで複数の女の人が倒れている

いつぞや見た風景と同じ

〔キョーコ?〕

蓮の声が聴こえたけど、私は差し出された手をジッと見る

昔も今も変わらない
結婚したって何1つ変わらない

相変わらず蓮はすっごくカッコいい

〔キョーコ?〕
〔不安〕
〔不安?何が不安なの?〕

キョトンとする蓮の目をギッと見て言う

〔蓮がもてるのが不安〕

そう言って俯いた私の頭の上から噴出す音がした

〔笑わないで下さいっ!真剣なんですっ!〕
〔ごめんごめん、随分と可愛いことを言うから〕

そう言うと蓮が両手を私に見せた

〔この手はキョーコの為のものだから。この腕も脚も心も全て君のものだよ〕
〔蓮…〕

私は再び差し出された手をジッと見た

一度は離れてしまった手

ううん、アレは私が離してしまったんだ

"あれは俺が悪かった"と蓮は言うけれど、諦めてしまった私が悪い

不安に駆られて、自身がなくて自分から離した手


だから私はここで誓うの

もうこの手を誰にも渡さない

私はドレスの裾を摘んで礼をする

〔Sure, my darlin'〕

蓮はフワッと笑って、私の手を取ってダンス会場の真ん中に行く

〔蓮って踊れるのよね?〕
〔もちろん、父さんに仕込まれたよ。俺が踊れないと思った?〕

そう言って蓮は優雅に笑う
天井の照明がさして、蓮の髪を金色に輝かせる

あれ…?

この顔、確か何処かで

青い目に金髪の蓮
昔会ったコーンが大きくなった姿

懐かしい…?

ううん、そんな昔じゃない
確かに私は金髪の蓮に会っている

!!

「ねえ、"刹那の記憶"の試写会に来ていたのね」
「さあ、どうだろう」

そう言って蓮は私の身体を引き寄せると踊りだした

曲は"踊り明かそう"

あの時会場で掛かっていた曲

見上げる青い目は何処までも優しくて

〔私の目って…結局どんな蓮でも発見しちゃうのね〕


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