「どうなの、撮影は?来週からまた2ヶ月、アメリカで撮影よね」
「うん。結構指示が出て難しいよ。ついつい耳で反応して身体が動いちゃうけど。でも凄く演り甲斐があるの

キョーコは目を輝かせながら奏江に映画の近況報告をしていた

「またキョーコちゃん、渡米するんだ(また蓮の機嫌が悪くなるなぁ…心配なんだろうけどさぁ)」
「はい。監督のお家でお世話になるんです

"社の心、キョーコ知らず"
アッサリと肯定したキョーコに、社と事情を知っている奏江は苦笑を漏らした

「へえ、また監督のお家でお世話になるの?」
「はい。監督の奥さん、クラリスさんっ方なんですけど、すごく素敵な人なんです。料理も上手ですし」
「へえ(クラリスおばさんは確かに料理上手かったよな。何で母さんに伝授してくれなかったんだ)」

母の幻想的な料理で何度か死線を彷徨った蓮は、理不尽なことを考えてしまった


「他の人との掛け合いはどう?特に一番絡みが多いスザンヌさんは?」

奏江の台詞に、ついつい社は身を乗り出して回答を待った
奏江は親友が新しい場に戸惑っていないか心配であり、社は蓮の秘密が暴露されないか心配だったのだ
しかし社の想像に反して、"スザンヌ"と聞いたキョーコは顔を輝かせた

「すっごく優しいの///彩子さんもそうだけど、あんなお姉さんがいたらいいなぁ
「へえ(こりゃ、結構懐いているわね)…会ってみたいな、私も」
「じゃあ、丁度明日から日本に来るって言っていたから、皆で会いませんか?」

キョーコの提案に社は慌てた

「キョ…キョーコちゃん?そんなイキナリ…相手にだって都合が
「いえ。実はスージーからも頼まれていたんです。あ、敦賀さんたちは明日辺り忙しいですか?」
「い…いや、大丈夫だけど…れ、蓮?」
「え?ああ、じゃあ会いましょうか。俺もルイス監督の作品に興味があるし」

キョーコは嬉しそうに笑うと、携帯を操作し始めた


Sleeping Beauty = the middle note =


〔初めまして、敦賀蓮です〕
〔初めまして、スザンヌ=レヴィーです〕

流石演技で糧を稼ぐ身
一人でハラハラしていた社が(俺一人で馬鹿みたい)と思うほど淡々とした再会だった
握手する二人を見ながら、〔うわぁ、美男美女〕と感心しているキョーコに蓮はがっくりと肩を落とした
そんな蓮の姿にスザンヌは(おや?)と眉を上げると、可笑しそうに口元を緩めた

暫し穏やかな談笑が続き、気づいた頃には2時間がゆうに過ぎていた

「キョーコ、もう時間よ。CMの撮影があったでしょ?遅れちゃ拙いわ」
「あ、そうだね…〔スージー、仕事があるの。ごめんなさい。これから大丈夫?〕」
〔ええ、大丈夫よ。それにツルガサンともう少し一緒にお話したいわ

スザンヌの言葉にキョーコはちょっと目を見開いたが、奏江に肩を叩かれて仕事に向った
そんなキョーコの様子にスザンヌは口元だけで笑った

〔ミスター・社。彼と少し2人だけにして頂けませんか?〕



〔久しぶりね、クオンおじ様たちから伺っていたけど見事な黒髪ね〕
〔ああ。まさか役者になっていたとはな。母さんの影響か?〕
〔まあね、おば様は私の憧れだもの。だからずっとクオンのお嫁さんになりたいって思っていたのよ
〔スージー…俺は…〕
〔判っているわ。クオンはあの子の事が好きなんでしょ?おじ様から聞いたわ〕

スザンヌはウインク1つして蓮に笑いかけた

〔覚えている?私って結構負けず嫌いなの。だから私の流した涙の分だけ、復讐してあ・げ・る

〔楽しみにしていてね〕と蓮の頬に1つキスを送ると、スザンヌは部屋を出て行った
その言葉の意味を蓮が知ったのは、翌日松代主任の口から出た話からだった


CMのオファー!?相手は最上さんと…スザンヌ=レヴィー?」
「ああ、社長からの話だから拒否権はほぼ無し。それにいい話だと思うぞ」
社は無言でスケジュール帳を見ており、蓮は見捨てられたような気分になった



CM撮影当日
新開監督が人を食ったような笑顔で蓮の所に歩いてきた

「よろしく頼むな。蓮の顔は出ないから、気楽にやってくれ」
「はぁ…で、新開さん。社長は何を企んでいるんですか?」
「ん?知らない…と言いたいとこだが、冗談だよ。まあ教えないけどね」
「スザンヌ=レヴィーの準備が出来ました」というスタッフの合図でスタジオ内には活気が満ちた

シャッターを切る音がスタジオを包む
黒いラフなシャツに身を包み背を向けた蓮とそれに絡みつくような黒いドレスを着たスザンヌ
2人は双子のように息があっており、まるで一枚の絵のようだった


〔スージー、一体君は何でこんな茶番を…それにくっ付き過ぎだ
〔あら、昔は一緒にお風呂に入った仲じゃない〕
〔小さい頃の話じゃない…な…〕
〔そうよ、大人になってからもあるじゃない。忘れちゃったの、酷い男ねぇ〕

耳元で囁く甘い吐息に、蓮の頭は過去に戻った



仲の良い幼馴染であった彼女とステディな関係になったのは自然といえば自然、その場の成り行きだった
10代だった2人は肉体関係を結んだが、それは愛情から来るものではなく好奇心から来るものだった
スザンヌを妹として愛していると気づいた蓮は、スザンヌとの関係を曖昧なままにしてしまった

〔"あなたはわたしを愛しているわけではない"と俺を振ったのは君だろう何で復讐なんだ?〕
〔あら、わたしに"さよなら"を言わせたのはあなたでしょ?だから、復讐する権利があるのよ
〔復讐って何だ?もし、あの子に…〔何かするわけ無いでしょ?〕〕

スザンヌは蓮の言葉を遮ると、ナイフのような眼差しを蓮に向けた

〔馬鹿にしないでよね。そんな浅はかな女じゃないわ〕
〔すまない…言葉が過ぎた。君がそんな人じゃないと、俺は知っているのに〕

お互い耳に口元を近づけながら会話していたスザンヌは辛そうな目でこっちを見ている少女に気づいた

〔素直じゃないわね、あなたも、彼女も〕
〔え…?〕とスザンヌの言葉に蓮が顔を動かしたとき、蓮の唇に柔らかい唇が重なった
スタジオ内の人間が息を飲むのを感じたが、蓮は彼女を引き剥がすことも出来なかった
やがて2人の唇がわずかに離れ、かすかな吐息がスタジオに大きく響いた

〔…いいの?〕
〔え?〕
〔"あの子"が見てるわよ〕
あっ!!

その言葉に現実に戻った蓮は彼女を放すと、スタジオから出て行くキョーコの背中を目に留めた
「よーし、OK」という監督の声が響いた瞬間、蓮はキョーコが消えた入口に突進して行った


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