日の差し込むリビングのソファに座っていた俺、敦賀蓮(本名:久遠=ヒズリ)は新聞から顔を上げた

奥のキッチンからはコポコポと新しい珈琲が入る音がする
 

「ねぇ、マァマ。きいてるぅ?」

「はいはい、聞いているわよ」

「きいてなぁい」
 

この世で最も大切な家族、妻と娘が話す声が聴こえる

娘の声の調子からするとそろそろだろうか
 

「パパ。お願い、暫らくの間この子の相手をしてくれない?」
 

やっぱり
 

予感的中に俺は微笑を漏らすとソファから腰を上げてキッチンに向う

子供用の椅子に座ってむくれていた娘は俺を見た途端に向日葵みたいに笑った
 

「パパッ」

「はいはい、花蓮。パパと一緒に遊ぼうか」

「うんっ」
 

バタバタと紅葉のような手を振り回す娘を抱き上げてダイニングに向う

俺は彼女が料理を終えるまで娘が舌足らずな言葉でしゃべることをずっと聞いていた




「お待たせ、パパ、花蓮、ご飯よ」

「はぁい」

「よし、じゃあ一緒に手を洗いに行こうな」
 

俺は再び花蓮を抱き上げると手を洗いに、と言うよりも花蓮の場合は水浴び、に向かった
 

「いたーます」「いただきます」

「はい、どうぞ」
 

こうしてヒズリ家(表向きは敦賀家)の一日は美味しい朝食と共に始まる




「時間は大丈夫なの?」

「あと1時間くらいで出かけるわ」

「かれんもー」

「そうなのよね」
 

いつもなら「花蓮は保育園」という妻が今日は笑って娘の言葉に頷いた

「「行ってきます」」とそっくりな二対の瞳を見送ると俺も支度をし仕事に向った
 

数時間後、妻からの緊急に呼び出されるまで俺の一日は毎日と同じだった







「パパ、お願い。直ぐに来て。花蓮が、花蓮が…」
 

慌てる妻の言葉を最後まで聞かずに電話を切ると、仕事の終了だったことを幸いに車に走った
 

誘拐
 

その言葉だけが俺の頭を回る
 

あんなに可愛い子だ

変な奴が狙うくらい判ったことじゃないか
 

妻の仕事先に向うと受付で妻の場所を聞いて俺は走った

目的の場所まで来ると、俺は深呼吸して扉の取っ手に手を掛けた
 

花蓮が誘拐されて彼女も不安になっている筈だ

俺がしっかりしなくては
 

重厚な扉を押し開くと、少女の凄まじい泣き声が響き渡っていた
 

花蓮?
 

予想外の展開に目を剥いたが、中央に立っていた2人の女性がこちらを向いた

金髪の女性の顔は嬉しそうに、明るい茶色の髪の女性の顔は安堵に変わる
 

「これは一体…」
 

俺は妻の足にすがり付いて泣きじゃくる少女に目をやりながら疑問を口にした
 

一体何があったんだ?
 

「実は…「パパァッ!!」」
 

妻の言葉の途中で俺の声に顔を上げた花蓮が俺の足に縋りついた

しゃっくりをあげながらグシグシと泣く娘を腕に抱き上げると眼を合わせて聞いた
 

「どうした、花蓮」

「パッ…パパァ、ママとバイバイしないよね?」

「…はあ?バイバイ?ママと?」

「うん。…だってさっきママがしろいドレスきてたんだもん。パパじゃないんだもん」

「え?…一体何があったんだ?」
 

俺は花蓮の言っていることがサッパリ判らず、隣にいる妻に助けを求めた
 

〔花蓮ちゃんは新しいパパが出来ると思っちゃったのよね〕
 

答えを出したのは妻の隣にいる金髪の女性、俺の母だった
 

〔母さん?〕

〔グランマ、いったもん〕

〔花蓮?〕

〔パパがかれんのパパなのはママが白いドレスきてあるいたからなんだもん〕
 

…ああ、もしかして結婚式?
 

〔パパはパパだもん。かれんのパパはパパだもん〕
 

必死にしがみ付き俺を呼ぶ娘はこの世に生を受けて3年の内でベスト10に入る可愛さだった
 


 

いかんせんこれは彼女の仕事、ビジネスである

子供の甘えは赦されない
 

俺は妻の横に立つ俺と同じくらいの年頃の男性をチラリと見た

男はビクリと身体を震わし、今にも尻尾を丸めて逃げそうな顔をした
 

…脅したつもりは無いんだけど、な
 

あーあ、多分これでもう1つ仕事が増えて社さんに小言をくらうな、俺







次々と斬新なデザインのシルクのドレスを纏いながら母と妻は舞台で舞うように歩いていた

俺が世界で最も美しいと思う2人のキャットウォーク

俺はメンズの服を纏いながら誇らしい気持ちで2人を見ていた
 

「3人、出てっ」
 

合図と共に曲が変わり、俺は中央から妻と母は左右から舞台に立った
 

母の広げた白い袖をスクリーンにしてNY、マンハッタンが投影される

妻の広げた白い袖には京都の四季折々の映像が投影される
 

東洋と西洋の融合
 

俺の身体には過去の歴史、主に戦争の映像が写される予定になっていた
 

会場が沸き、一瞬にして俺たちの身体は白いカメラのフラッシュに包まれた




「パパッ」
 

え?
 

突然聴こえた娘の声の方を見ると、娘は舞台の袖からトテトテと走ってきた
 

何で?
 

「パパ、だっこ」
 

両手を広げて俺の方に突き出し、娘はいつもの様に甘えた

眼の端で妻を見ると、少々呆れてはいたが全て分かっていたようだ
 

なるほど、これは演出か
 

俺が妻と同じデザインのドレスを着た娘を抱き上げると会場に再びフラッシュがたかれた
 

1つだけ小さなスポットライトが花蓮に光を当てた

小さな背中に映るのは可愛らしい桃色の羽根
 

"Get Your Dream"
 

今回のショーのコンセプトが俺の頭に浮かぶ

俺は腕の中で笑う花蓮をジッと見た




親が願うのはいつだって君の幸せ
 

戦争の無い世界

お互いの文化を認め合う世界
 

君の為に作ってあげたい未来
 

夢を持って欲しい

夢を掴む為に自らの努力で頑張って欲しい
 

君はどんな未来を掴むのだろう
 

それまで大きな壁に何度もぶつかるだろう

壁を壊す為に血を流すかもしれない
 

きっとそばで見ている俺たちの方がハラハラするんだろうね

でも君は頑張りやさんのママの娘なんだから絶対に大丈夫
 

俺の声が聴こえたように腕の中の花蓮が本物の天使のようにニッコリ笑った
 

「パパ、大好き」

「俺も花蓮が大好きだよ」
 

そう口に出して言ってくれるのもあと何年だろうか

いつかは君も俺たちから卒業するんだろうね
 

そのときはママのように世間に恥じない素敵な女性に育って欲しい
 

泣いて

笑って

怒って
 

楽しい思いと同じくらい辛い想いをするだろう
 

でも俺たちは君の味方だから

いつでも振り返れば俺たちが後ろにいるから
 

だから常に前を見て頑張っておいで




FIN










−余談−


「パパ、ママ。さくら組のよっくんがわたしのことすきだって」
 

なっ!?
 

「あら〜、良かったじゃない。流石、ママとパパの子ね」

「あのね、かれんね、がんばってよっくんのおよめさんになるの」
 

なんですとぉ!?
 

無邪気に笑いあう母娘が信じられず、俺は力一杯カップを机に置いた
 

「だめっ、パパは許しませんっ!

「「パパッ!?」」

「花蓮にお付き合いなんて早い。頑張っちゃ駄目っ!20歳になるまで待ちなさいっ!!
 

妻と娘は一瞬唖然としたが、俺の必死の形相に怯えた娘が泣き出した

妻は胸に抱きついてきた娘をよしよしと慰めると俺をキッと睨んだ
 

「何を本気になって反対しているんですか、子どものいうことですよ?」

「だって、花蓮が、花蓮が」
 

「しかも20歳までって、私は」

「だって花蓮は大事な娘なんだぞ。父親として20歳までの男女交際は反対する」

「…」

「男の方にだってそれ位常識があっていいくらいだ。恋人が大事なら待つべきだっ!!
 

俺が拳を握って力説すると妻は目を瞠った…が、一瞬後に目を吊り上げて俺を睨んだ
 

え?
 

そして花蓮を抱えたままスッと立ち上がると、スタスタとリビングを出て行った

突然の妻の行動に慌てた俺は、明らかに怒っている妻の背中を追っかけて寝室に向った

妻は花蓮に優しく声を掛けて俺たちのベッドに座らせると、トランクを取り出し荷物を詰め始めた
 

「ちょ、ちょっと何をしているの?」

「…暫らくモーコさんの所に行ってきます」
 

な、なんで?
 

「社さんちに?何でまた?」

「…非常識な人には教えたくありません」
 

妻はプイッと顔を背けると、瞬く間に手際よく荷物をまとめタクシーを呼ぶと花蓮を連れて出て行った

情けないことに俺は唖然としたままそれを見送るしか出来なかった




一体なんで彼女は怒った…ん…だ
 

あっ!!
 

考えながらリビングに足を踏み入れた瞬間、真っ先に目に入ったもので俺は失言に気づいた
 

しまったっ!!拙い、拙いぞ」
 

俺の頭の中に琴南さんの絶対零度の微笑みが浮かぶ
 

「琴南さんに泣きついたら2人には1週間は絶対会えない」
 

俺は琴南さんの夫である社さんに助力を求める為、携帯電話に急いで向った

そんな俺の後姿を1枚の写真に写る1組の男女が満面の笑顔で笑っていた
 

白いタキシードを着て白いウエディングドレスの女性を抱き上げる男
 

25歳のときの俺と、やっと手に入れた最愛の花嫁、旧姓最上キョーコちゃん
 

そのとき彼女は19歳








作者あとがき




この作品は子育てをしながらHPを立ち上げたEvany様に贈ります。

拙文ですが、もし良ければお持ち帰り下さい。
 

ここ暫らく仕事が忙しく、すっごく久しぶりの更新になってしまいました(しかも未来ネタのss)

気にいっていただけると幸いです。
 

Written by Naw

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