〔キョーコッ、クーとルイスを呼んできて〜。多分書斎にいるわ〕
〔はーい〕

ルイスパパは家では仕事の話をしないように、離れに書斎を作っている
ママたちのいるキッチンは家の一番南側、書斎は一番北側
結構走り甲斐がある

コンコン とノックすると中からルイスパパの声が聞こえて入った

〔パパたち、ご飯ですよ〕
〔ありがとう、キョーコ。いやぁ、久しぶりに全員揃ったね〕
〔そうだな。今日の当番はキョーコか?〕

2人がニッコリ笑って聞いてくる
こんな会話に慣れるまで少し時間が掛かった

〔私じゃないわよ。今日はジュリママ〕
〔〔……………え゛!?〕〕

書斎の片づけをしていたパパ達の動きが止まった
よく見ると顔がわずかに青い

〔パパたちどうしたの?…あ、もしかして風邪?最近流行っているって〕
〔い…いや…風邪ではないよ。心配してくれてありがとう〕
〔そう?〕

駆け寄って額に手を当てた私をルイスパパがポンポンと安心させてくれた

〔ル…ルイス、どうする?私はまあ…いいとして、お前たち、特にキョーコは〕
〔パパ?〕
〔あ…ああ、そうか。キョーコはまだジュリの料理を食べたこと無かったんだね?〕
〔う…うん。タイミングが悪くてチャンス逃しちゃったの……って、パパ?〕
〔確かに。今までジュリはずっと映画の仕事が入っていたし、前回は…キョーコが取材で居なかった〕
〔そうか…クーよ、どうする?このままでは…〕

んもー!とりあえず、行こう!!〕

そう言って私は足並みが遅い2人の腕を引っ張ってダイニングに連れて行った


Eyes #11


〔ママたち、パパたちを連れて…………っ!?〕

ダイニングに飛び込んで叫んだ私の言葉が、突然喉で止まる

な…なに、これ?

テーブルの上には奇妙な色のスープが並んでいる
とても美味しそうな臭いなのに、見たことのない色という点が恐ろしい

クーパパは見慣れているのか立ち直りが早かった。

はっ!

そういえば昔、ジュリママの料理は万人受けしない神秘的な味って聞いた事が

〔や…やぁ、ハニー。きょ…今日も美味しそうだな〕
〔でしょ?初めてキョーコに食べてもらえるんだもん、頑張っちゃった〕

クーパパはジュリママの隣に優雅に腰掛けた
私たちもみんな席に着く

〔たーんと召し上げれ♪〕

ご機嫌なジュリママを悲しませたくなくて私は目の前の水色のスープに目を落とした

女は度胸!!
神様…仏様…どうか私に力を…っ!!

我ながら訳の分からないことを念じながらスープにスプーンを突っ込む
そのままの勢いで水色の液体を口に入れた




〔わーっ!!キョーコッ!!〕

ハッ!!

ルイスパパの悲鳴に私は現実に戻った

な…なんて殺人的な…

〔キョーコ。どうしたの?〕

ジュリママの声にハッとしてママの顔を見ると期待に満ちている
周りの3人の顔はとても心配そうだが…

〔お…美味しいよ、ジュリママ〕
〔キョーコッ♪〕

ジュリママは嬉しそうな声をあげた

フゥ…良かった…
一瞬頭の中にお花畑が見えたけど…声を上げてくれたルイスパパに感謝
胃袋ブラックホールのクーパパの息子である蓮が小食な理由がちょっと、いやかなり判った


それから暫くの間、私たちは黙々とスープをかっ込んだ

スープ以外は市販のパン、切っただけのサラダ(ドレッシングは市販)
メインディッシュは昨日からクラリスママが煮込んだもの

だからスープさえ突破すれば後は問題ないのだ

〔まあ、こんなに食べてもらえると嬉しいわ。明日も作ろうかしら〕
〔〔〔え゛!?〕〕〕

私たちはその衝撃に固まった
クーパパだけが慣れた様子でママを別の方角に誘導しようとしていた

〔ジュ…ジュリ、明日はキョーコと一緒にクッキングしたらどうだ?キョーコは上手だから教えてもらうといい〕
〔え…?〕

ジュリママが目を見開いて、次に悲しそうな声で言った

〔クー…私の料理不味い?〕
〔ち…違うぞ?キョーコが上手すぎるんだ。京都の高級旅館の板長のお墨付きの腕だ〕

慌てて言ったクーパパの言葉に、クラリスママが大袈裟に反応した

〔まあ、キョーコ、それは本当?凄いわっ!是非今度教えて頂戴〕
〔クラリスママ?〕
〔ああ、丁度いいじゃないか。クラリスもジュリも"娘と一緒にクッキング"に憧れていただろう?〕

ルイスパパの言葉にクラリスママは勿論、悲しそうな顔をしていたジュリママが笑顔になった

〔そうね、そうしましょう。一緒に作りましょうね、キョーコ〕
〔日本食を教えて頂戴。あー、楽しみ、娘と一緒にって憧れていたのよねぇ〕

パパたちを見ると何やら口パクで…

『教育を頼む』

私は頷くことしか出来なかった



妙に疲れた食事が終わって、私たちはリビングで寛いでいた
そこに"なうん"という聞きなれた猫の鳴き声と、チリンと鳴る可愛い鈴の音が響いた

〔アルッ!〕

NYに来たその日にパパたちが私にプレゼントしてくれた私の愛猫だ
真っ黒の毛並みに、私が作った小さな鈴をつけた白い首輪

〔ご飯が終わっても出てこないから心配したのよ〕
〔なまじ家が広いのも問題よね。猫の足じゃあキッチンから書斎まで大旅行だわ〕
〔そうねぇ…まあ運動不足にならなくていいじゃない〕
〔そうだな、折角クオンに似ているんだ。デブ猫になったら私は嫌だぞ〕
〔それはクーの好みだろ?私たちはどっちでもいいよな、キョーコ〕

そう、この黒猫は蓮に似ているのだ

瞳はアイスブルーで、一度だけ外してもらった蓮のコンタクトの奥の瞳と同じ色
パパたちは"レン"って名付けたんだけど、あとでこっそりクラリスママが改名してくれた
"レン"のRを取って"アル"

動物病院の診察券に"アル"といつの間にか書かれていてパパたちは残念がっていた


「なう」と鳴いてアルは私の膝に乗る
そしてそこで毛繕いを始めてしまった

猫ってもっとこう…気高い…あまり人に甘えないイメージがあったのに
そのイメージを粉々にするくらい、アルは甘えん坊だ
でも甘えてくるのは私にだけ
クーパパなんて手を伸ばすだけでフーッと嵐を吹かれる

ほら、今も…

〔おっと…また嵐吹かれた…嫌われているなぁ、私は〕
〔もー、クーはあまりちょっかい出さないの〕
〔クオン君に似ていて可愛いのは判るんだが、過剰なのは嫌われるぞ〕
〔そう言うなよ…ほら、あの青い目を見ろ…可愛いなぁ〕

〔アル、ご飯よー〕

クラリスママの声が聞こえるとアルは私の膝から降りてピョーンとママの所に走っていった
急に涼しくなった足元に、少し淋しさを覚える


ポリ…ポリ…とアルが餌を食べる音がリビングに響く

ルイスパパは次の映画のプロットを見ている
クラリスママはルイスパパに寄りかかって編み物

クーパパは次のドラマの台本を読んでいる
ジュリママはクーパパの横に座って私の黒い髪を弄っている

〔ジュリママ…もう動いて良い?〕
〔まだダメよ。娘の髪を編んで上げるのは私の夢だったんだから〕

そう言って私の髪をすくママの手が気持ち良い

〔もうちょっと………………ほら、出来たっ!〕

その声に3人が私の方を向く

〔ほう…とても可愛らしいな〕
〔まあ、キョーコ可愛いわ〕
〔ふむふむ………………キョーコ、ちょっとおいで〕

私は手招きするクーパパの傍に行った
〔何?〕といって首を傾げると、パパがギューッと抱きしめた

〔可愛いぞっ!!ああ、クオンが馬鹿じゃなければ今頃私の娘に…〕
ん゛に゛ぁーーーーっ

パパの言葉を遮るようにアルが甲高い音で鳴くと、テテテッと走ってきて私とパパの間に割り込んだ

〔な…何?アル、どうしたの?〕

慌ててアルを抱き上げると、アルは暴れるのを辞めてゴロゴロと甘えだした

ぶわっはっは…本当にアルはクオンにソックリだな…ぶはっど…独占欲まで…はははっ〕
〔クーパパ笑いすぎ///〕

私はギュッとアルを抱きしめると、熱い顔を元に戻すことに全神経を使った



なーう!

目覚ましと同時に俺の身体の上で寝ていた白猫が大きな声で鳴く

「ケー…?ああ、もう朝か……あと5分」
んなーっ!

俺の視界で思いっきり気持ち良さそうに伸びていた猫に真面目に言う
そして5分だけとまた眠りに付こうとしたが、そうはさせないと白猫は俺の顔を舐める
堪らなくなって俺が起きるのが、この同居猫が出来てからの日常的生活パターン


あの日、老先生との会話を終えてマンションに戻った俺は、エントランスの脇で猫の鳴き声に気づいた
好奇心でエントランス脇の茂みを覗き込むと、1匹の白猫が寒さに震えていた
不安で一杯の大きな目で俺を見たとき、俺は気づいたら車に戻り、病院に向けて出発していた


動物病院の入口で『この猫ちゃんのお名前は?』と聞かれたとき、俺は固まった

キョーコ…じゃああまりに直接的であり、かといって他の名前が思いつかなかった

「あの…?」
「あっ、そ…それじゃあ…そ、そう"ケー"でお願いしますっ」
「は…はあ」

キョーコの頭文字"K"から取って"ケー"
我ながら安直だと思ったが、猫自身は気に入らない風ではない
(気に入っている風でもないが)


ケーは基本的にマイペースだ
1匹で居たいときは連れない態度を取るし、甘えるときは俺にべったりくっついて離れない
夜は必ずと言って俺の布団の上、正確に言えば俺の身体の上で寝る
最近ではこの重みがないと落ち着かないほどだ

カリカリカリという小さな音で、俺はケーが寝室の扉を掻いていることに気づいた
「はいはい」と苦笑して扉を開けると、ケーは一目散に走って行った

特に頓着せずにのんびりとキッチンに行くと、リビングの大きな窓の前で毛繕いをしていた
どうやら其処が最近のお気に入りらしい

キッチンに入ると、俺はケーの餌を準備する
そして冷蔵庫から卵やハムを出して、自分の分の朝食を作る

少し前の俺には考えられないことだが、今では一日3食をしっかりと食べるようにしている
マリアちゃんに言われたからだ

"お姉さまって蓮様のこと好きだったけど、偏食だけはどうしても許せないって言っていたわ"

飯如きで"失格"の烙印を押されては適わない

だから俺は料理を自発的に食べるようにして、結果自然と自分で料理をするようにまでなった
料理の腕に関しては父の遺伝子が強いようで、そこそこマシな食事を作るようにもなった
社さんなんてスーパーで食材を買う俺の姿を見て「キョーコちゃんに見せてやりたい」と涙ぐんでさえいた


「ケー、ご飯だぞ」

俺が声を掛けるとケーは毛繕いを辞めて走ってきた
俺もテーブルに食事を並べ、誰に言うでもなく「いただきます」と言って食べ始める

ポリポリとケーが餌を食べる音と、テレビで流れる朝のニュースが俺の耳に響く
海外の芸能情報が終わったころ、ピンポンとインターホンがなる
このタイミングで来るのは社さんだ
(一度だけ俺を邪魔したときにネチネチと文句を言ったからか、以来邪魔されたことはない)

「おはよう、蓮。ケーちゃんもおはよう」

俺と一緒に社さんを出迎えたケーが俺の足元で機嫌良く鳴く
ケーは社さんにとても懐いており(認めたくないが多分俺より懐いている)、よく甘えている
2、3個スケジュールを確認している間にケーはソファの上に陣取って寝始める

「行ってくるよ」と言って額を撫ぜると、ケーは気持ち良さそうに目を細めた

エレベーターの中で俺は隣に居る社さんがニヤニヤ笑っていることに気づいた

「…何ですか?」
「本当にお前ってケーちゃんに甘いなぁと思って」
「…そうですか?」
「ケーちゃんが懐いている俺にまで妬くもんなぁ」
「…そんなこと無いですよ」
「そりゃそうか。ケーちゃんはキョーコちゃんだもんなぁ」
「…煩いですよ///」

俺は社さんから顔を背けると、熱くなった顔を沈めようと全神経を集中させた


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